エピソード
vol
47

一人の人間として向き合いたい ~ある相談担当の想い~

2015年03月05日

認知症で入居されたA様は、ホーム入居後も不平不満を叫んでばかり。私は当時、自分の至らなさを感じつつも、A様の入居に関するお手伝いをさせていただいていました。しかし、A様のご葬儀でご家族様から思いもよらぬ言葉をかけていただき…。

私(お客様相談担当T)がご相談を受けた事例を紹介いたします。

施設への抵抗感を払拭し、入居へ

私がベネッセスタイルケアで働き始めてから、早10年近くが経とうとしています。その間、本当にたくさんのかたと出会い、さまざまな経験をさせていただきましたが、今回はその中でも特に印象に残っているエピソードをご紹介します。

今から数年前、私はあるホームのホーム長を務めていました。今回お話するA様は、その当時ホームにいらっしゃったご入居者様です。

A様は、数年前にアルツハイマー病を発症されたことを機に、息子様ご夫婦と同居をされました。主に息子様の奥様がA様の介護をされており、奥様は本当に献身的に介護をされ、A様もご同居での生活に満足されていたそうです。

それでも、やはりご自宅での介護というのは難しい部分が多々あり、介護が数年間に及ぶに連れ、A様よりも先に奥様が限界に達してしまいました。その状況を見た息子様が「家庭が壊れる前にホームへ入居できないか」とご相談にお見えになったのが最初の接点でした。

息子様ご夫婦の想いとは裏腹に、A様は入居に対して強烈な抵抗感をお持ちでした。おそらく「老人ホーム=閉鎖的」なイメージを強くお持ちだったのだと思います。息子様たちには「自由がない」「自分一人で生活できる」といったような言葉を数多くかけられたとうかがいました。

それでも、私から実際に入居されている方の事例をお話し、また実際にホームにもお越しいただく機会を作ることで、A様がお持ちだった「老人ホーム=閉鎖的」なイメージを覆すことで、最終的にはご納得いただき、ご入居いただくことになりました。

ホームでの生活にご満足いただけないもどかしさ

こうして始まった入居生活でしたが、実際にはなかなか一筋縄にはいきませんでした。

基本的にベネッセのホームは“お元気な方であれば”お一人で外出いただくことは可能です。ただ、A様は認知症が進んだ状況であったため、安全確保のために外出時には付き添いが必要でした。

私をはじめ、スタッフの手が空いていれば一緒に外出ができますが、A様が「行きたい」と思った瞬間に必ずしもご一緒できるとは限りません。A様はそのことを大変不満に思われていました。「私は大丈夫なのに、買い物も行けやしない」「家に帰りたい」そんな言葉を何度も口にされました。

こちらはA様の安全を考えていても、ご本人はそれを「不自由」だと感じられている。ご家族様からは「入居させて本当によかった」とのお声をいただいていましたが、私の中ではA様にこちらの想いが届かず、不満を感じさせてしまっていることへのもどかしさが、いつまでも消えずに残っていました。

そんな状況がしばらく続いた後、A様は進行した癌が見つかり病院に入院されるためにホームをご退居されました。最後までA様にホームを“生活の場”と思っていただけなかったことが本当に残念で、行き場のないやりきれなさを強く感じたことを覚えています。

喧嘩ばかりしていたA様が最期に遺された言葉

A様に再びお目にかかれたのは、A様が天国に旅立たれた後のことでした。A様の葬儀に参列させていただいた私は、そこで息子様から思ってもみなかった言葉をかけていただくことになります。

「ホームに入って以降、母の表情は自宅にいた時と比べて、本当に穏やかになりました。かつて母は学校の先生をしていましたが、ホームでの母のまなざしは、幼い頃に私が見た先生をしていた頃の眼にそっくりでした」

私の中でのA様は、ホームへの不満をおっしゃることも多く、いつもカリカリされていて、気難しい方だという印象が強かったため、ご家族様からいただいたこの言葉は、正直なところ大変意外でした。「もしかしたら、自分も少し役にたてたのかもしれないな」そんな風な思いに浸っていると、息子様はさらに意外な言葉を続けられたのです。

「母は、死ぬ間際にいくつかの遺言を遺していきました。その中でも、最後に呟いた言葉が、『最期にもう一度あの人に会いたい。ホームにいたあの人に…』でした。母は死の床で、もう名前も思い出せなくなってしまったあなたに会いたいと何度も話していたんです」

その言葉を聞いた時、私の中で溜まっていた感情が爆発し、溢れ出てくる涙をこらえることができませんでした。

A様との思い出を振り返ると、時にお互いに感情的になってしまい、言い争いになってしまった事もありました。もちろん、それが必ずしもよいとは限りませんが、私は以前から、「一人の人間として目の前の方と向き合う」という信念を持ってお一人おひとりに接することを心がけています。A様は私の存在を“「一人の人間」として向き合ってくれる相手だ”とそう思ってくださっていたのかもしれないと感じました。

ホームで生活されていた頃、二人でよく買い物に出かけました。A様は何時間もかけてさまざまな商店のさまざまな売り場をじっくりとご覧になられ、私も黙ってそれにつき従います。

何時間もかけていろいろなフロアを巡った挙句、A様は結局いつも何も買わずにお帰りになられます。ただ、いつも必ず最後にスーパーの食品売り場に立ち寄って、そこで小さな蜜柑を一つだけ買って、それを大事そうにホームに持ち帰って食べる。その時だけは、私の前でもA様はとても穏やかな顔で過ごされていたように思います。

A様を送り出す棺の中に、その日は私が買ってきた蜜柑を入れて見送りました。

その後、さまざまなかたの入居のお手伝いをさせていただき、また仕事もホーム長から現在のお客様相談担当へと変わりました。お客様が変わっても、また仕事は変わっても、「一人の人間として目の前の方と向き合う」という信念は、変わらずに持ち続けています。

仕事に対して、また困りごとを抱えられた方に対しての自分の想いや決意を新たに固めてくれた。そんなエピソードでした。
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