エピソード
vol
14

認知症による、強い「物盗られ妄想」とご家族様の想い

2014年02月19日

「物を失くした」とおっしゃることが増えたお母様。認知症が進むにつれ、「失くした」は「あなたたちが盗んだ」と、ご家族様を疑い、責める言葉に変わり、家族介護は限界に。しかし、まだご自分でできることが多いお母様をホームへ入居させてよいのか迷い―。

私(お客様相談担当I)がご相談を受けた事例を紹介いたします。

「鍵を盗った」と責めるお母様

お母様は、一人暮らしを続けられていましたが、7~8年前から「物を失くした」とおっしゃることが多くなりました。心配されたお子様たちは、ヘルパーやホームの利用を提案されましたが、「私はまだ元気だから、誰の世話にもなりたくない」と、お母様は強く拒否されるため、ご長男様夫妻がお母様の家の1階で同居されることになりました。
しかし、しばらくすると、「物を失くした」は、「あなたたちが鍵を盗った」という言葉へ変わってきました。さらに、息子様たちが家に入れないよう、業者に依頼して階段と家中のあらゆる場所にドアと鍵を付けてしまいました。耐えられなくなったお嫁様は家を出て行き、残されたご長男様もうつ病になってしまったため、ご長女様が毎日通える距離のマンションへと呼び寄せ、いったんは落ち着いた生活に戻りました。
ところが、3年ほど経った頃、お母様はご長女様にも、顔を合わせる度に「鍵を盗った」とおっしゃるようになりました。次第にご長女様も辛くなり、足が遠のくようになってしまいました。そんなある夜、突然、お母様がご長女様のお宅へ来られ、玄関のドアを叩きながら、大声で「鍵を盗ったでしょう」と訴えたのです。話をしようと声をかけても、大きな声は一向に止まず、「警察を呼ぶなら、呼んでちょうだい」と興奮されていました。しかし、いざ警察が到着すると、「大丈夫です」と、何ごともなかったように振る舞われ、ご長女様も疲れ果ててしまいました。そこで、お母様はいったん、病院へ入院されることになりました。
しかし、病院では、「鍵を盗られた」とおっしゃることはなく、お医者様から「身近な家族を相手にすると出ることが多い症状で、認知症の薬の副作用で攻撃的になる方もいるから、飲んでいるお薬の量は減らして様子をみましょう』と言われ、早期に退院となりました。
要介護2の認定を受けていても、鍵のこと以外は、ほとんど自立のお母様でしたが、退院にあたり、「これ以上、家族で介護するのは限界だ」と感じられたご長女様夫妻は、ホームへご相談に来られたのでした。

介護への限界とお母様を思う気持ちの間で

ご見学の際、ご長女様と一緒にお母様を看られてきた旦那様は、私たちに今までの状況をお話しくださり、「やれることはやり尽くした。もうこれ以上は無理だよ」と、ご長女様におっしゃいました。しかし、ご長女様は、隣で頷きながらも、うつむきがちなご様子です。「他社を2つ見て、そこもよかった」とおっしゃっているのに、このホームへご相談に来られたのには、何かご心配なことがあるのではないかと思いました。そこで、ご長女様にお母様のことをうかがうと、「母には自分でできることが、まだたくさんあるので、それを残してあげたい」という強い思いを感じました。「ホームに入るのであれば、せめて、そのことをお母様に納得してもらいたい」とも考えられていました。認知症で一人暮らしが心もとなくなっても、まだまだご自分のことをご自身でできる場合、ご家族様は同じようなお気持ちで悩まれます。
私は、ご見学いただいた住宅型のそのホームでは、お掃除、お洗濯など、ご自分でできることはしていただき、できないことだけを介護保険を使ってスタッフがお手伝いすることや、ほかのご家族様が、どのような出来事をキッカケにご本人様に代わってホームへの入居を決められたのか、などをお伝えしました。そして、今のお母様にすぐにご納得いただくのは少し難しそうだったので、ご長女様夫妻にホームの生活を知っていただき、お母様がそこにいらっしゃることが想像できるかを考えながら、館内を見学していただきました。

お母様の生活風景を思い描かれて

「母に似た方が、たくさんいらっしゃるのね。」ご長女様は、一人暮らしが難しくなってご入居されたお母様と同世代の方々が、会話を楽しまれ、お掃除や洗濯などもご自分でされている様子をご覧になり、『まだできること』が続けられている生活に安心されたご様子でした。
お母様が『鍵』にこだわられるのは、一人暮らしへのご不安や、何かご心配ごとがあるのかもしれません。そこで、私は、「誰かがいつもいる安心感」を感じていただけるよう、お友達づくりをサポートすることや、暮らしの中でスタッフが寄り添うことなどを詳しくお話ししました。ご長女様夫妻は、「ここなら母にぴったりだ。納得してくれるかわからないけれど、母に話してみます」とおっしゃってくださいました。
後日、「母に話したら納得してもらえた」と、ご連絡をいただき、ホーム長、ケアマネジャーと共にご挨拶にうかがい、お迎えしました。ホームの生活に慣れてきたら、以前のように、「鍵盗られ妄想」が現れることがあるかもしれません。しかし、「その時は、私たちと一緒にお母様をサポートする方法を考えましょう」と、お話しさせていただいております。
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