エピソード
vol
54

家族の想いと本人の幸せ ~「いつまでも自宅で」という言葉の裏に

2015年05月29日

有料ショートステイを繰り返し利用されるA様。ご家族様に長期でのご入居をおすすめしても「自分が見なければ」とおっしゃるばかりで…。

私(お客様相談担当T)がご相談を受けた事例を紹介いたします。

有料ショートステイのご希望をいただき

ベネッセでは、一部のホームで老人ホームを体験されたい方や、ご自宅で介護をされている方に向けて「有料ショートステイ」を実施しています。

「有料ショートステイ」は、その名の通り、必要に応じて短期間、老人ホームを利用いただけるサービスです。介護保険の適用外のため費用は自己負担となりますが、その分、ケアプランに関係なく自立の方から要介護の方までご利用いただけます。

今回ご紹介するA様は、この「有料ショートステイ」を何度も繰り返し利用された後、最終的にホームにご入居いただいた方です。

90歳を過ぎたA様は呼吸器に疾患をお持ちで、在宅酸素療法を受けていらっしゃいました。移動には車椅子を使われる時もありましたが、つかまりながらの歩行は可能で、何とかぎりぎりご自宅で生活ができる状況でした。

A様の息子様は遠方に住まわれており、介護は主に同居されている専業主婦のお孫様がされているとのこと。また、A様の奥様は数年前より寝たきりの生活が続いており、お孫様はお一人で祖父母二人の介護を続けられてきたそうです。

ある日、居宅介護支援事業所を通じて、「A様を近隣のホームで有料ショートステイさせたい」というご要望をお孫様からいただきました。

話をうかがうと、お一人で祖父母二人の面倒をみることが難しく、特にA様は歩行が不安定にも関わらず立ちあがって転倒しかけたり、不意に酸素吸入器を外してしまうことがあるそうで、常に目が離せない状況で大変困っているとのことでした。

幸い、A様のご自宅に近いホームで「有料ショートステイ」を実施していたので、3日ほどホームでご生活されることとなりました。

「入居は嫌!」という言葉の裏の責任感

A様は3日間のホームでの生活を大変穏やかに過ごされ、特に問題もなく有料ショートステイの期間を終えられて、ご自宅に戻られました。

とはいえ、ご高齢で病気もお持ちのA様にとって、またご家族様にとっても、将来的にご自宅での生活は負担が大きいのではないか、という不安が私にはありました。

「もし今後、今以上に介護が必要になったときのために、長期での入居もご検討されませんか?」

お孫様にそのようにご提案すると、「今はまだ自宅で何とかやれていますし、家族の介護はできるだけ家族がやるべきだと思いますので…」と、あくまでご自宅での介護を継続されたいとのご意向でした。

A様のお孫様から再度ご連絡をいただいたのは、それから半年ほど経った頃のことです。もう一度A様に有料ショートステイをさせたい、とのことでした。

これ以降、お孫様からご連絡をいただく機会が一気に増えるようになりました。いただくのは毎回決まって有料ショートステイのご相談。初めは月に1度のペースでの利用でしたが、段々と2週に1回、毎週と有料ショートステイを利用される頻度が高まり、最終的には殆どご自宅に戻られず、有料ショートステイを繋いでホームにずっといらっしゃるようになりました。

冒頭にも書いた通り、有料ショートステイは介護保険適用外で自己負担で利用いただくものです。毎日いらっしゃるのであれば、ご入居の契約をいただき、ホームを利用していただいた方が有料ショートステイよりも金銭的な負担は軽くなります。

それでも、お孫様は頑として「入居」には否定的で、「ショートステイはあくまで宿泊であり、A様の居場所は自宅にあるのだ」ということをお孫様は何度もおっしゃいます。

その言葉からは、「自分が見なければ」という責任感と、老人ホームに入居させることがなにか自分の役割を放棄することに繋がるような罪悪感をお孫様が持たれていることが、ひしひしと伝わってきたのでした。

ご本人様にとって何が幸せかを考えた末に

有料ショートステイを繋ぎホームで過ごされる生活がしばらく続いた頃、ある事件が起こります。有料ショートステイ中のA様が急にホームで体調を崩されてしまったのです。

本来、有料ショートステイは2~3日の短い期間での利用を前提としているため、ホームに来る医療機関の往診の対象に含まれません(逆に、ご入居いただいている方は定期的に医師の往診を受けることができます)。

有料ショートステイを続けるというイレギュラーな状態を続けていくことは、A様の健康管理上、新たな問題を引き起こしかねませんし、万が一の際の対応が遅れてしまう可能性もゼロではありません。

幸い、この時は往診医の先生に臨機応変に対応いただき事なきを得ましたが、その事実を痛感したお孫様はひどくショックを受けられたご様子でした。それから何日か経った頃、不意に次のような言葉を漏らされたのでした。

「これまで私は『1日でも長く自宅にいられることが本人にとっての幸せだ』と信じてきました。ただ、実際には私がそう思いたかっただけなんだとわかりました。本当にA本人のことを考えたら、落ち着いた環境で安心して生活できる方がいいのかもしれません」

A様が長期での入居のご契約をされたのは、それから間もなくのことです。お孫様にとっては、おそらくは罪悪感を完全に拭いさることはできなかったのではとも思いますが、最終的にはA様ご本人の幸せを考えられての決断でした。

ご自宅での生活と、ホームでの生活。それぞれによい所があり、また一方で、できないことも当然あります。長年暮らされたご自宅の生活をホームで完全に再現することはできません。その一方でホームには医療対応も含めた安心感や、ほかのご入居者様とのコミュニケーションなど、ご自宅では享受できないメリットがあることも事実です。

両者を天秤にかけ、どちらか一方を選ぶ事は容易ではありません。ただ、その問いに答えがあるとするなら、それは「ご本人様にとってどちらが幸せか?」という基準で選択をしたものなのではないかと思います。

A様の場合、ご入居後も何度か体調を崩されることがありましたが、スタッフがすぐに異変に気付いたことで、いずれの時も大事にならずにすみました。

お孫様からも「自宅ではタイムリーに不調に気付けなかったかもしれない。やはり入居させてよかった」とのお言葉をいただきました。それでも、A様のホームでの生活は、まだまだこれからです。

お孫様に、「あの時の決断して本当によかった」と思っていただけるように、ご自宅以上に快適にA様に過ごしていただくための創意工夫をこれからも続けていきます。
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