エピソード
vol
45

「病気の娘を一人残して死ねない」~万が一の場合の安心を求めて~

2015年02月19日

80代のA様は病気を抱えられた娘様と二人暮らし。日々の生活の中でご自身の体力の衰えを感じるなか、「もし私に何かあったら、娘は一人で生きていけない」と思い、家族の“これから”を考えて…。

私(お客様相談担当I)がご相談を受けた事例を紹介いたします。

娘の今後を一番に考えての入居検討

A様の入居に関して最初に連絡をくださったのは、後見人を務められている社会労務士の方でした。

「80代で数年前にご主人を亡くされ、現在は娘様と二人暮らしのお元気な方。ただ、最近ご自宅での生活に不安を感じており、入居を検討されている」 それが事前にうかがっていたA様の情報でした。

実際、初めてお会いしたA様は想像していたよりもお元気で、聞けばご主人様が御存命の頃は何度も海外旅行に出掛けられるなど、アクティブな生活を送られていたそうです。

ホームに入居を検討される方は、決して介護度が重い方ばかりではなく、A様のように自立されて生活をされている方もたくさんいらっしゃいます。そういった方々の多くがホームに「自由な生活」や「万が一の際の安心」を求められますが、A様の場合は少し状況が異なっていました。

A様が入居を検討されたきっかけは、ご病気を抱えていらっしゃる娘様のことを考えてのことでした。

ご自身も高齢に差し掛かり、いつ何があるかわからないという不安の中、「万が一の場合に娘を一人残していくわけにはいかない。将来的な家族の安心を得るためには、自宅を売却し、娘は長期で入院できる病院に移り、自身はホームに移って生活するのがよい」とA様はお考えでした。

入居に際しどのようなことをホームにお望みかうかがった私に、A様は「自分自身がホームに望むことはない」とおっしゃいました。

安心できる娘の入院先選定と、並行して進めた入居準備

A様の入居検討は、思っていた以上に難航しました。

通常、ホームへの入居のご相談をいただいた場合、実際にホームでの生活を知っていただくために、1週間程度の体験利用をしていただきます。

A様のようにまだお元気な方の場合、入居した後に「こんなはずでは」と思われないよう、体験利用を強くおすすめしています。

ところが、A様の場合は自宅にご病気の娘様を抱えられているため、1週間はおろか丸一日ご自宅を空けることすらままなりません。

体験利用されている間だけ娘様には短期間入院いただくこともご提案しましたが、「それでは先々の不安が残る。やはり、長期で娘を預けられる病院が決まってから、自分の入居先を検討したい」とおっしゃるばかり。

そんな娘様に対する強い想いは理解しつつも、私には不安がひとつありました。それは、A様のお身体の状況です。ご自宅で生活されているA様でしたが、このところ脚力が急速に弱まっており、家事のために台所に立っても、1分くらいですぐに疲れてしまう、というお話をご本人からうかがっていたのです。

果たして、このまま自宅で生活いただく期間が長引けば、あるいは万が一の事が起こりうるのではないか。そんな心配から、入居後の生活に関しては私の方で、また娘様の入院先については後見人の方のところで、大至急で調整を進めていくことになりました。

予想外に早まった入居と、訪れた安心な生活

それからしばらくして、ようやく娘様を長期で預けられる入院先が見つかりました。A様は「これでようやくホームに入居できる」と安心され、娘様の治療費を捻出するため、ご自宅の売却手続きを始められるとのことでした。

A様が急に入院されたのはそんな話をした直後のことです。娘様の心配から解放された影響なのか、突然体調を崩されたA様は緊急入院。

幸い、命に別条はなかったものの、A様はご自宅へ戻ることへの不安を今まで以上に強く感じられ、「もう自宅へは戻れない。ホームを退院先とさせてほしい」と強く訴えられたのです。

そこから、予想外に早まってしまったA様の入居に向けて、大急ぎで準備をする日々が始まりました。

入居に向けご主人様に先立たれ、娘様も入院中のA様には保証人となる方がいらっしゃいません。そのため、後見人の方とA様の資産状況を確認しながら、保証代行を行っているNPOに連絡を取り、急ぎ対応をしていただけるようお願いしました。

また、ホームでの生活に必要な家財道具や衣類をご自宅に取りに行ったり、また売却のために必要なご自宅の整理も手伝わせていただき、何とか退院日までに必要な準備を全て済ませて、入居を迎えることができました。

その後、ホームに移られたA様は「自由に生活ができて何も文句はない」「スタッフもみんな優しくしてくれるから安心」と、落ち着いた生活を送っていただけているようです。

また、ご自宅と比べきちんと栄養を取ることができるようになったからか、歩行状況も改善し、「1分しか立っていられない」という状況から、だいぶお元気になられました。娘様の元へも定期的にお見舞いに行かれており、先々に対する不安もすっかり消えたようです。

最後に、私にはしばらくの間、不思議に思っていたことがひとつありました。それは、入居を希望されたホームの場所です。A様のご自宅の近くにもベネッセのホームはあるのですが、そこではなく少し離れた土地のホームへの入居を希望されていました。

かつてA様がお稽古事のために入居されたホームのある町まで通われていた、ということを聞いたのはしばらく経ってからの事です。ご入居以来、A様がすっかりお元気になられたのは、ホームの影響だけでなく、ご自身がお元気だった頃に味わっていた街の空気を、再び感じられているからなのかもしれません。
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