エピソード
vol
35

離れたことで感じた寂しさと夫婦として過ごす残り時間の大切さ

2014年06月25日

お父様の介護に疲れ、笑うことを忘れてしまっていたお母様。お二人の心を再び繋ぎ合わせたのは、お父様がホームに入居されてからの離れて暮らす時間でした。お互いがお互いを思いやるゆとりができて…。

私(お客様相談担当S)がご相談を受けた事例を紹介いたします。

介護疲れから、お父様のことを「負担」に感じられるようになって

「母の顔から笑顔が消えてきた」

ホームに最初にご連絡をいただいたのは、お二人の娘様からでした。

きっかけは、お父様の介護。

90代のお父様は、お風呂場で転倒されて以来、腰や腕に痛みが残り、要介護2の認定を受けました。お手洗いはお母様の手を借りなければならず、季節が寒くなるにつれ、お父様は夜間も頻繁にお手洗いの介助を必要とされるようになりました。持病を抱えながら、昼夜問わず、常にお父様の介護に追われる生活。負担ばかりが大きくなっていく中で、次第にお母様のお顔から笑顔は消えてしまったそうです。

その事を心配されたご長女様からご相談をいただき、お父様自身もご自宅での生活の継続が難しいことを認識されていたため、2ヶ月後に開設するリハビリに力を入れたAホームに入っていただこう、という話になりました。

ところが、少しすると、お母様から「2ヶ月も私がもたないかもしれません。もう少し早くお願いすることはできないでしょうか」とご相談がありました。

その言葉を聞いた時、私はお母様が日々の介護に本当にお疲れになられていることを改めて実感し、お父様にはまず既にオープンしている近隣のBホームにお入りいただき、Aホームがオープンしたら移動をするということでお話を進めていきました。

別々の時間を過ごすことで生まれた心のゆとりと、思いやり

お父様のBホームでの生活が始まりました。

お父様は、頑固で昔堅気な性格なので、ホームの生活に馴染めるかと考えられていたご家族の不安に反し、ホームの集団生活にもうまく溶け込み、毎日いきいきと生活されていました。その後、Aホームに移動されてからはリハビリに精を出され、「身体の事が看護師に聞けるだけでなく、ここにはリハビリの専門家が毎日いていろいろ聞くことができるからとても安心だ」とお身体の調子も良くなっているようでした。

また、介護のご負担が減ったお母様のお顔にも、以前のような笑顔が戻るようになりました。お母様は週2~3回ホームへ通われていましたが、お母様がいらっしゃらない日も、お父様はお母様にお電話することを日課とされるようになりました。

「おやつを食べたよ。おいしかったけれど、一緒に食べられたらもっとおいしい気がしたよ」「満月、君も見ている?」そんなお電話が入ります。

現役時代はお仕事が忙しく、退職後も縦の物を横にもしないようなお父様がお気持ちを素直に口に出されたことを、お母様はなんとも言えないお気持ちで受け止められたようでした。

残りの時間を、新しい距離感で共に過ごす生活

「私もホームに入ろうかと思います」

お父様の入居から年1年経った頃、お母様からの突然の入居相談をいただきました。ちょうど、ご自宅からも娘様のお宅からも近い場所にCホームがオープンするタイミングで、お母様はそのホームへのご入居を強く希望されていました。

介護のご負担が減ってかなりお元気になられたお母様からのそのお申し出に、私は率直に「まだお早いのではないでしょうか」「近くにいると気になって、また介護で疲れてしまうのではないですか」とお返事してしまいました。

しかし、お母様の決意は固く、私にそう思い立った理由を話してくださいました。

「娘たちにも同じように言われました。確かに、皆さんに主人をよく看ていただいて、私の身体はとても元気になりました。でもね、離れて暮らしているとなんだか気になってしまって、気持ちが休まらなくて、心は元気になれなかったの」

「家族には『ありがとう』の言葉一つも口にしたことのない主人が、ホームではスタッフの方にお礼を伝えているの。そういう場面を見ていると、まるで主人が主人でなくなってしまうような…そんな寂しさを感じてしまって…」

「離れて暮らしていたこの1年があったから、そう思えるようになったのよ。でもね、2~3年先も今と同じように主人と一緒におやつを食べたり、お月見を楽しめるかわからないでしょう?だから今、ホームで主人と一緒の生活をもう一度始めたいと思うの」

お母様から理由を伺い、私自身が「もう一度、お父様とお母様が一緒に暮らせる環境をご用意してさしあげたい」と強く感じました。

そこで、まだお元気なお母様が、ホームで介護の必要な方と一緒に生活できることを確認いただくため、まずはお母様に体験利用をしていただくようご提案をしました。体験利用で一夜を過ごされた翌日、お部屋をお訪ねすると、お母様は開口一番「私はここに入る事に決めました」とおっしゃいました。

「昨日の晩、何年ぶりかでグッスリと眠れたのよ。主人が居る時は夜間のお手洗いの介助があったし、主人がホームへ入ってからは、今度は家に自分しかいない不安で、朝まで眠る事ができなかったの。でもね、今日は気がついたら朝でビックリしちゃった!」

その後、お父様もCホームのお母様の隣のお部屋へ移動され、3度のお食事と1日2度のお茶の時間は必ず一緒に過ごされます。お部屋の前のティールームも、娘様が来られた時にはリビングのようにお使いいただいています。

お父様にお手伝いが必要な時は、お母様ではなくスタッフを呼んでいただくことで、以前のようにお母様が介護に追われてしまうということはなくなりました。

それぞれのペースで過ごされるお一人ずつの時間、お父様のペースに合わせたご夫婦での時間、娘様を交えたご家族の時間、それぞれの時間をバランスよく組み合わされて、生活をされていらっしゃいます。

何より、お父様のお顔がお母様と一緒に生活される事で“旦那様のお顔”になられたこと、そしてお母様の表情に絶えず笑顔が溢れていることが、私にはとても印象的です。
page-top