エピソード
vol
48

強烈な入居拒否を示すお父様への息子様の苦悩

2015年03月19日

A様のお父様はプライドが高く、ご自身が認知症であることを認めず、ホームへの入居も拒絶。自宅でギリギリの介護が続く中、A様に重大な病気が見つかり、家族は家庭崩壊の危機を迎え…。

私(お客様相談担当I)がご相談を受けた事例を紹介いたします。

ご自身の認知症を認められない頑固なお父様

A様のお父様は建築のお仕事を長くされ、ご自身で建てられたマイホームに強い愛着を持たれていました。奥様を早くに亡くされていましたが、息子様ご家族と同居され、明るく賑やかな生活を送られていたそうです。

ところが、ある時からお父様の行動に「奇行」が目立つようになります。はじめは家の戸締まりができなくなることから始まり、次第に裸で外に出てしまったり、家の中で失禁しながら歩かれるようになったりと、認知症が疑われるようになりました。

心配したA様が「もしかして認知症ではないか、医者に診てもらった方がいいのではないか」と伝えても、昔堅気で頑固なお父様は「そんなわけない。俺は正常だ」の一点張りで、家族の言うことに一切耳を傾けません。

しばらくそんな生活が続いたころ、A様ご自身に体調の異変が起こります。検査で脳に腫瘍が見つかり、すぐにでも手術を受ける必要があることがわかったのです。手術で入院する際にはA様の奥様も病院に通う必要が出てきますので、お父様一人がご自宅に残ることになります。

「今の状態の父を家に一人で置いておくなんてとんでもない! 父をホームに預かってもらえないと、私は自分の手術を受けることすらできません!」

ホームに駆け込んでいらしたA様の第一声は、そんな悲痛な叫びでした。

透析のスケジュールに合わせた生活設計

早速、お父様にホームに入っていただくための“作戦会議”が始まりました。お父様に「Yes」と言ってもらうためには、そのこだわりにきちんと応えていかねばなりません。

お父様の生活は、週3回の透析を中心に組み立てられているとの事でした。A様は「透析を中心にした今の生活を変えることになるなら、父は絶対に入居を認めないと思う」と、通院先やお風呂のタイミングなど、かなり詳細にご要望をいただきました。

一番困ったのは、食事の時間でした。当社のホームでは、食事の時間を2時間設けており、その時間の枠内であれば好きな時間にお食事を召しあがっていただけるようになっています。ただ、お父様の透析のスケジュールに合わせようとすると、どうしても既定の時間外にお食事を提供しなければなりません。

そこで、透析の日は他社の配食サービスをお父様の希望する時間に届けてもらい、ほかのご入居者様とは別の時間帯にお食事をしていただくことを提案させていただきました。配食サービスの費用はご家族様に負担していただくことになりますが、お父様のスケジュールに合わせてお食事を召しあがっていただけるので機嫌を損ねることはありません。

このように、お父様がご自宅と同じ生活リズムで、ご自宅にいる以上に快適に生活ができる環境をA様と一緒に考え、作っていきました。

壮絶な抵抗から、入居後は満面の笑みに

すべての要望に対し答えを出した後、A様はお父様にホームを利用する提案をされましたが、お父様は「嫌だ」の一点張りでした。

しまいには、パンフレットを見たお父様ご本人が、ベネッセのお客様相談窓口に直接お電話されてきて、「入居の話は無くなった。金輪際うちには一切連絡をしてくれるな」と、A様の意志とは関係なく入居の話自体をなかった事にされようとしたほどでした。

その間にもA様の体調は刻々と悪くなっており、このままでは手遅れになる可能性すら考えられる状況でした。A様は改めてお父様に「見に行くだけでいいから」と懇願され、なんとか見学にいらっしゃるところまで漕ぎつけることができました。

それでも入居を頑なに拒むお父様は、ホームにいらっしゃった際もまったくお話を聞いていただけず、すぐに帰ろうとされてしまいます。その態度にしびれを切らしたA様の奥様が「家族の迷惑も顧みず、わがままばかり言わないでください!」と激昂してしまい、お父様と口論となってしまったことで、ろくに見学できないままお帰りいただくこととなってしまいました。

お父様の入居への強烈な抵抗感を目の当たりにした私は、正直なところ「入居は難しいかもしれない」と感じました。本来であればお父様に納得いただけるよう時間をかけてじっくりと説得したいところですが、A様ご家族にはご病気の問題から、そのような余裕がありません。力になりたいと思いつつ、「落ち着いたらまたご連絡ください」とお声をかけるくらいしか、その時の私にはできませんでした。

ところが、お帰りになられてわずか2時間後、A様からホームに「父が入居してもいいと言いだした」とのご連絡をいただいたのです。

なんでも、A様の奥様に怒られ、その場ではカッとなってしまったものの、A様の体調や気持ちを慮ってこなかったことを帰宅して反省されたようで、「手術を受ける2週間だけであれば、入居してもよい」とお考えを改められたとのことでした。

それからすぐに入居準備を行い、お父様の考えが変わらないうちに、ホームにご入居いただきました。入居後、お父様は以前の抵抗が嘘のようにホームでの生活を気に入られ、「みんな優しいし、ごはんもおいしい。ゆったり生活できる」とほくほく顔で語られていました。

その後、A様が手術を終え、約束の2週間が経過しても、「帰りたい」とおっしゃらず、現在も当初の拒否が嘘のように穏やかに生活されています。

A様からは、「おそらく、自宅と生活リズムが同じだったことが気にいった理由なんじゃないか」とのお声を頂戴しました。

「住めば都」という言葉がありますが、実際のホームはご本人様に感じていただかないと良さも悪さもわかりません。私たちは気に入っていただけるよう最大限に準備をしてお迎えしようと改めて初心に立ち返ることができたエピソードでした。
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