エピソード
vol
52

「もう限界、私を自由にして!」~介護を背負った娘様の苦悩と葛藤~

2015年05月08日

「私も仕事がありますし、入居をしたら、もう家に戻られては困ります」。同居されるお母様の介護を一人で担われ、お会いするたびにその言葉を繰り返されていた娘様。仕事から帰ってもお母様の部屋に立ち寄ることもできないほどに、お母様へのお気持ちは追い詰められていました…。

私(お客様相談担当T)がご相談を受けた事例を紹介いたします。

認知症のお母様への不安が日増しに増大し

80代のA様は、脳血管性の認知症と診断された半年後に転倒をされ、一気に認知症が進み、日常のことをご自分でされることが難しくなりました。

ほぼ寝たきりとなり食事もベッドでとるような生活で、食欲は一気になくなり、おかゆの上澄みだけを好んで食べるような生活を続けた結果、3ヶ月で急激に20キロも体重が落ちてしまったそうです。

お仕事をお持ちの娘様は朝・夕の2回ご自宅にヘルパーを呼ばれてA様の介護をしていましたが、ヘルパーも娘様ご自身も不在の時間帯は転倒などのリスクを払拭することができず、A様のお身体の状況が悪くなるにつれて、日に日に心配が募るようになったとのことでした。

娘様ご自身も一人で仕事と介護を両立するのは限界ということもあり、ご自宅から近いベネッセのホームへと、見学にお越しになり、せきを切ったようにこれまでの経緯やホームに希望をすることを矢継ぎ早にお話されました。

「家の近くのよそのホームを見てきたのだけれど、ナースコールがずっと鳴りっぱなしなの。お宅はそういうことは無いわよね?」

「前に少し利用した所では、本人が食事を嫌がると、全部食べるまでは部屋に帰してくれなかったの。そんなことは無いわよね?」

なかでも、不意に漏らされた「入居をしたら、もう家に戻られては困ります!」という言葉からは、A様の介護と娘様ご自身の生活に限界を感じている、娘様の強い想いが感じられました。

A様が認知症になって以降、ふとしたことで喧嘩になり、母娘の関係がかなり悪化しているご様子もうかがえました。

ただ、その一方でA様に対して「幸せに暮らしてほしい」「老人ホームならどこでもよいわけではない」という気持ちも会話の端々から感じられ、想いが強いからこそのご家族様の苦悩が痛いほどに伝わってきました。

入居拒否のみられたお母様の気持ちが徐々に和らぎ

寝たきり状態のA様は、一人では入居に必要な健康診断を受けるための受診すらままならないということで、ご挨拶もかねて私がご自宅にうかがうことになりました。

実際にお会いしたA様は意思の疎通もしっかりとされており、突然現れた私にもしっかりとした態度で接していただきました。ただ、入居の話を切り出すと表情が一変し、露骨に嫌悪感を露わにされたのです。

「以前も無理やり(別の)施設に連れて行かれた。あなたたちも私を強引に連れて行くのでしょ? それで強引に食事をさせたり、私の嫌がることを無理やりさせるんだわ! 絶対そんな所には行きません!」とA様は強い口調で繰り返されます。

娘様に対しても「私は家に居たいのに、なんでこんなことをするの!」と叫ばれ、娘様もつい感情的になってしまい「もう限界なの、私を自由にしてちょうだい!」と返してしまったことで、喧嘩が始まってしまいました。

この時の「もう限界」と叫ばれた娘様の言葉を、A様がどの様に受け止められていたのかはわかりません。この日も、後日にホーム長や看護職員を交えてお会いした時も、「家に居たい」とA様は何度も繰り返されました。

けれど、私たちがそのお話をじっくりとお聞きしながら、ご不安に対しては「ホームでは、こうさせていただいていますよ」とお返事を重ねていくと、「で、お兄ちゃんは何をしてほしいの?」と少し心を開いてくださり「あの先生の所ならいいわ」と、あっさり健康診断書を取りに行かれたり、「お試しだけならしてみようかしら」と体験利用についても心を開いてくださいました。

以前に嫌な思いをされている分、ご不安が強いお気持ちでいらっしゃることは想像がつきます。ホームへお越しになられた時に「知っている顔があるな」と思っていただき少しでも安心していただければと、ご入居の前に何度もA様のご自宅へうかがいました。

その都度、昔の話や趣味の話もしてくださり、「ホームへは行きたくないのよね」とおっしゃりながらも、最後には「体験だけならしてみるわ」と心を開いてくださる。そんなやり取りを繰り返して、ホームへご入居されることになりました。

入居を機に体調が戻り、親子関係も良好に

ホームへ来られると、「ここは知っている顔がいるから悪くないわね」と1週間前にお会いした看護職員もしっかりと覚えていてくださり、お部屋に少しずつお荷物が運ばれると、すっかりと安心されたご様子でした。

「もう限界、自由にして欲しい」と言われていた娘様も、毎日のように顔を見せてくださるので、A様は3日目にはもう慣れたご様子でホームでの生活を楽しまれるようになりました。

その後、おかゆの上澄み以外にも高カロリーの栄養補助食品を召しあがっていただいたところ、寝たきりで移動には車椅子が必要だったA様は、廊下を自力で歩かれるほどまでに体力が回復されたのです。

廊下で歩く練習をされているところにばったり遭遇すると、私と目が合った途端に「見なかったことにして!」と恥ずかしそうにお部屋へ帰られるA様。

スタッフから、A様がお部屋で少しずつ歩かれていること、娘様も「本人が好きなようにさせてあげてください」とおっしゃっていることは聞いていました。しかし、私がお部屋にうかがう時にはいつも横になられていたので、そこまでお元気になっているとは夢にも思わず、大変うれしくなりました。

また、お話好きなA様。「是非ダイニングで、皆さんとご一緒にアクティビティもしましょう」とお声を掛けると「こんな歯じゃ恥ずかしいわ」とおっしゃいます。

今までずっと歯科往診も嫌だと断られ、歯が数本しかない状態で生活されていましたが、この機会にぜひとセッティングをし、受診していただき、入れ歯を作っていただきました。

すると待ってましたとばかりにダイニングに降りて来られるようになり、いろいろな方とお話をされ、いきいきと、率先してアクティビティに参加され、お食事もいろいろな物が召しあがれるようになり、生活をより一層楽しまれるようになりました。

娘様も、当初のご相談時の余裕のなさがなくなり嘘のように前向きになられ、今はホームへ来られる時はいつも笑顔でいらっしゃいます。

ホームへの入居をきっかけに、A様はお身体が元気になり、また娘様も心が元気になられました。

私が担当させていただいた中で、入居を通じてご家族の幸せにもっとも貢献できたという印象が強いお客様です。
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