エピソード
56
「いつ逝ってくれてもよい」 そんな言葉の裏にあったご家族様の葛藤
2015年06月12日
10年以上自宅でお一人の生活を続けられながら、失禁をされても着替えを頑なに拒まれる90代のお父様。ある日、入浴中に立ち上がれなくなってしまった事をきっかけに、ご家族様は入居を検討されるようになり…。
私(お客様相談担当T)がご相談を受けた事例を紹介いたします。
お父様が入浴中に立てなくなって
今回ご紹介するA様は、10年以上にわたり、離れて暮らすお父様の介護をされてきました。お母様が亡くなって以降、ご自宅で一人暮らしとなったお父様の元へ、A様は毎週2回、片道2時間以上かけて通われていらっしゃいました。A様はお父様の一人暮らしを大変心配されていましたが、お父様ご自身は「まだまだ自分は元気だ」というお気持ちが強く、老人ホームに入ることはもちろん、ご自宅にヘルパーを入れることすら拒否され続けてきたそうです。
そんなA様が、ベネッセのホームに飛び込みで見学にいらっしゃったのは、年の瀬も迫ったある日の事でした。
「先日、お風呂場で転倒して動けなくなってしまうという事故があったんです。その時は、近所の方が異変を察知して駆けつけてくださったので大事には至らなかったのですが、父の中でも一人暮らしの自信が無くなってきているようでして…」
A様からのお話は、そんな趣旨であったかと記憶しています。それまで入居に否定的だったお父様が「家の近くのホームなら…」とおっしゃったとのことで、「気持ちが変わらないうちに、すぐに入居の話を進めたい」とのこと。
急ぎ、まずは短期間での体験利用をご提案し、後日お父様にも承諾をいただけたとのご連絡をA様からいただくことができました。
入居検討の過程でわかってきた家族の不満と期待
何度かお話をさせていただく過程で、A様ご自身の中にも強いふたつのお気持ちがあることが感じられました。ひとつは、離れて暮らすことで面倒を十分に見ることができないことへの罪悪感。入居のご相談の過程でも、「本当は一緒に暮らしてあげられたらいいんだけど申し訳ない」というお言葉を何度もこぼされていらっしゃいました。
一方で、介護の負担から来るところもあったかと思いますが、お父様への不満を口にされる事も少なからずありました。
「父はいつも自分の事しか考えない。人に迷惑を掛けている事に気づいてもいない父が許せない。『いつ逝ってくれてもよい』と思った事すらあります」
突然、そのような感情的な言葉を口にされる事もありました。頑固なお父様はA様の言葉を聞きいれてくださらない事も多々あったようで、それが原因で「介護から解放されたい!」という気持ちがA様のお心の奥底に存在する事に、私は気づかされました。
そしてそれは、A様がホームの入居を期待される一番の理由なのではないかと思われました。例えば
「父はお手洗いに失敗しても、『パットを入れているから大丈夫』と、着替えをせず平気で汚れた衣類を着て、外にも出かけてしまうんです。娘の私は、どうしても父のそんな姿が許せなくて…」
そんな言葉からは、お父様に対して不満に思っている気持ちをホームに受け止めてほしい、さらには入居をきっかけにお父様の生活を改善させたい。そんな思いがA様のお言葉の端々からから、ひしひしと伝わってきたのです。
ご入居後、お父様はホームでの生活にも慣れ
お父様がホームで生活する日々が始まりました。初めは「1週間したら家に戻るからな!」と宣言をされていたお父様でしたが、実際に生活を始められると「思ったよりも快適だ」と思っていただけたようで、3~4日の内に「俺はこのままずっと、ここに居る。娘に伝えてくれ」と、ご自身からおっしゃっていただきました。
娘様が気にされていた着替えをされたがらない件も、スタッフがご本人様のお気持ちをうかがい、また客観的に生活を拝見する中で、「まだキレイなのに、洗濯をするなんてもったいない!」と思われていることが根本にあることが推察されました。
ですので、ズボンが汚れてしまっている時には、ご本人様のお気持ちを傷つけないよう、やんわりと「汚れがついてしまっているので、洗濯させていただけますか?」とお願いするようにしたところ、「それは気づかなかった! 申し訳ないことをした」と率先して洗濯に出されることを了承いただけるようになりました。
だんだんとホームに慣れ、「ここにいたい」とおっしゃるようになったお父様を見て、A様ご自身もとても安堵され、うれしそうなご様子。私にも「あの時、家族の立場に立って相談に乗ってくれてありがとう」と、うれしいお言葉をいただきました。
A様は今でも定期的にホームを訪れ、大変熱心にお父様の面倒を見られています。その横顔からは、ご相談時に吐露されていたようなお父様への不満は感じられません。入居を機に、お父様だけでなく、ご家族様のお気持ちも軽くすることができた。そんな事例です。