エピソード
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パーキンソン病を患うお母様の「平気よ、大丈夫」の真実
2016年04月01日
「他人の力を借りずに自分のことは自分でやりたい…ホームには入りたくない」お母様の信念を尊重したいと願うA様の理想と現実。パーキンソン病のお母様をどうお手伝いしていけばよいか葛藤する中、A様に入居という選択肢はありませんでしたが…
私(お客様相談担当I)がご相談を受けた事例を紹介いたします。
自分らしく生活できることを実感~有料ショートステイで体験できたこと~
A様のお母様は10年前からパーキンソン病を患い、お薬を服用しながらご自宅で一人暮らしをされていました。薬が切れるタイミングをご自身で自覚されていたので、薬をきちんと継続して服用することによりご病気が悪化するようなことはありませんでしたが、ここ数年そのタイミングがわからなくなり、薬が切れた状態で倒れA様やケアマネジャーが発見するということが多くなりました。
ケアマネジャーに助けられているという現実と、「他人の力を借りずに自分のことは自分でやりたい…」と願うお母様を尊重したいという理想の狭間で苦しむA様は、次第に他人に力を借りるという行為に罪悪感を抱くようになりました。
ただ、何度倒れても「平気よ、大丈夫」と気丈にふるまうお母様。その姿を見るたびにA様には、言葉では言い表せない不安な気持ちにさいなまれていたのもまた事実でした。
そんなある日、A様はケアマネジャーから「有料ショートステイ」の提案を受けました。ショートステイは、文字通り期間を決めて短期間、ホームをご利用いただくものです。ベネッセでも、一部のホームでお部屋に空きがある場合、介護保険の適用外で有料のショートステイのご相談を承っています。
老人ホームという言葉は出さずに、お母様にはあくまでも「有料ショートステイ」という言葉でアプローチして欲しいというアイデアに、A様は疑心暗鬼でしたが、これまでに何回も倒れたお母様の様子をよくわかっているケアマネジャーの熱心な説得と、お母様の承諾によって、渋々、20日間の短期での入居を受け入れることになりました。
「私はずっとここにいるわ」
パーキンソン病のため、常にお身体のどこかが不規則に揺れてしまうお母様は、ご自身でスリッパを履かれるのにもひと苦労されます。そんな様子をみたスタッフがお手伝いを申し出ても、お母様は「平気よ」と拒否。
そこで、ホームのスタッフは「自分のことは自分でやりたい」のご意向に沿い、少しお手伝いをさせていただくというスタンスで、ご自身のペースを乱さないように心がけました。その距離感はお母様にとって心地よいものとなったのか、次第にスタッフにも打ち解けられたご様子がうかがえました。
その後も、日々の生活の中で可能な限り、ご自分のことはご自身でやっていただきました。
配膳、お部屋のお掃除、お洗濯もご自分で。お皿を洗ったりお料理をしたり、時には、シルバーカーを上手に使って「こんなふうにも使えるのよ」とスタッフにアドバイスするお母様。自分でできることをやらせてくれる満足感は、ご自身が持っていらっしゃったホームのネガティヴなイメージを払しょくしていきました。
有料ショートステイが一週間を過ぎたころ、スタッフはA様から思いがけない言葉を耳にしました。
「私はずっとここにいるわ。ショートステイと言ったけど、娘を呼んで契約したい」
これまで入居を拒まれていたお母様の言動に、A様はびっくり。そればかりか、お母様から早く契約したいとの後押しもありました。
「表情が違うんです…家にいる時よりもずっと楽しそう。私にあの笑顔は引き出せません。ここで生活してもらうのがいいと思います」とA様。有料ショートステイの終了を10日後に控えて、ホームへのご契約を決意されました。
お母様の笑顔がA様の笑顔を引き出す
入居がスタートし、今ではホーム内でリーダー的存在として活躍されるお母様は、ある日スタッフの一人にこんなことをおっしゃっていました。「大丈夫と言っていたけど、本当は大丈夫じゃなかったの」
ホームに入居される前のご自身の心情を笑顔で語られるくらい、今のご生活が充実していらっしゃるのかも知れません。
ホームを敬遠されていたA様でしたが、今ではホームからのご提案にもすべて「おまかせします」とご快諾いただけるようになりました。毎日を楽しんでいらっしゃるお母様の笑顔がA様の笑顔を引き出し、それが確実にスタッフにも伝わっています。
笑顔の連鎖がホーム全体に広がっていることを実感したエピソードでした。