エピソード
vol
55

入居拒否のあるご本人様にホームに来ていただくために

2015年05月29日

入居検討に際し、よくいただくのが「本人が老人ホームを嫌がっている」というご相談。過去に入居いただいたA様は施設に対する抵抗感が非常に強く、入居に際して「絶対に入りたくない」と大暴れされて…。

私(お客様相談担当T)がご相談を受けた事例を紹介いたします。

入居に際しよくいただくご相談

老人ホームへの入居を検討されているご家族様からいただくご相談で多いのが、「本人が入居に否定的だが、どうやって説得すればよいか」というお悩みです。

例えば、ご本人様が認知症をお持ちの場合、ご自身の状況を正確に把握できず「まだ自宅で生活できる」と強く思われている場合など、入居の話がなかなか前に進まない場合があります。

ご入居に否定的な方でも、いざホームにお越しいただき、そこでの生活の実態を感じていただくと、途端に入居に前向きになり、すぐに居ついてしまうという場合があります。「老人ホーム」にはどうしてもネガティブなイメージを持たれる場合が多く、「自由がない」「暗くて寂しい」という先入観を持たれている方も多いので、実際に見ていただき、その先入観を変えることで一気に入居のお話が進むケースを数多く経験してきました。

一方で、だからこそ一番難しいのが「なんとお話ししてホームに来てもらうか?」という問題です。ご家族様は「もう自宅には居られない」と分かっていても、ご本人様はそれを理解できていない。そういった場合、「老人ホームに行くよ」と真正面から言っても、ご本人様の抵抗を強めてしまうだけです。

また、無理やり連れてきて入居していただいても、ご本人様の中には「なぜ自分はここにいなければいけないのか」という不信感や不安が残りますので、その後の生活に支障が出る場合もあり、非常にセンシティブな課題です。

入居に強い抵抗感を持たれていたA様

私が過去に担当させていただいたご入居者様にA様という方がいらっしゃいました。A様は当時70代で、お身体は至ってお元気で一人暮らしをされていましたが、だんだんと認知症の症状が進むようになり、ご家族様は大変に気を揉まれていました。

認知症が進んだことで訪問販売に引っ掛かり、家の中は大量のモノで溢れかえり、またA様は喫煙の習慣がありましたが、火の不始末により危うく火事になりかけたこともあったそうです。

そのような状況から、ご家族様はA様に何度も入居を提案されたそうです。しかしながら、A様のお返事はいつも決まって「嫌よ」の一点張り。ご家族様の心配をよそに、「自分はしっかりしている」という思い込みを非常に強く持たれていました。

そんなA様のご家族様から相談をいただいた私は、「レストランに食事に行きましょう」という口実でA様をホームにご招待し、ホームでお食事を召しあがっていただいて、その日はそのままホームに泊まっていただくことから入居に繋げていきましょう、というご提案を差しあげました。

当日、ホームにいらっしゃったA様は非常に穏やかにされ、お食事もペロッと召しあがり、大変満足そうな笑顔を見せられていました。ところが、夜も更け「今日は遅いからここに泊まっていきましょう」というお話しが出た途端、家に戻れないことを察知したA様の形相が一変したのです。

「何で帰れないの!」と大声で激怒されるA様。ご家族様や私に暴言を浴びせるだけでなく、履いていたスリッパで私の頭を思いっきり叩かれました。その後も深夜まで大暴れをされ、私が担当したご入居者様の中でも、特に強烈に印象に残っています。

A様との体験から私が学んだ“一番大切なこと”

何とかご入居いただいたA様でしたが、その後「ピック病」と診断され、精神科での療養が必要になったことから、ホームをご退去されることとなってしまいました。

A様がホームで過ごされた日々は決して多くはありませんでしたが、それでもご入居後、徐々に環境に慣れていく中で、当初の激怒したご様子からだんだんと落ち着きを取り戻されていくお姿を見ることができました。

その裏には、時間の経過による変化だけでなく、ホームのスタッフたちの努力があったと思っています。ホームのスタッフたちがこだわったのは、「どうしたらA様により安心してお過ごしいただけるか?」ということでした。

A様に限らず、認知症で不快感を露わにする方の場合、それは内心の不安や寂しさが行動に表れている場合が少なくありません。

例えば、A様の場合、お部屋でお一人で過ごしていると孤独感から不安が高まり、やがてそれが暴言や暴力に繋がるのではないか、ということが日々の生活の観察からわかってきました。ですので、なるべくスタッフが付き添う時間を増やしたり、アクティビティに積極的にお誘いするなどして、お一人の時間を減らすようにしていました。

また、なるべくご自宅と同じように生活いただくため、かつての習慣を継続してもらうことにも努め、スタッフが一緒に喫煙にお付き合いしたり、見守りながら外出をしていただくなど、「どうしたらA様に喜んでもらえるか」ということを考え、実践していったことで、A様も段々とホームでの生活に慣れていかれたのだと思います。

入居に抵抗感を感じられている方をホームにお連れするというプロセスにおいても、この「ご本人様にとって何が一番よいのか」という視点が大切だと、私は考えます。

例えば入居を切り出すにしても、「誰が言って説得するのか」また「何と言って説得するのか」によって、ご本人様の感じ方や抵抗感は大きく変わります。

そして、ご家族様ではない第三者がその役割を担った方がよい場合もあります。家族だからこそ必要以上に想いが強くなってしまったり、ご本人様との間に感情的な対立を生んでしまう。そんなケースも少なくありません。

だからこそ、「ご本人様の幸せ」を実現するためには、私やホームのような存在が必要なのではないかと思います。“介護は家族の問題”と内に抱えられる方もいらっしゃいますが、ぜひ小さなことでもかまいませんのでご相談をいただければ幸いです。
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