エピソード
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ご入居者様のお声かけが、強い拒否反応をやわらげて
2017年07月25日
認知症が進行してしまった90代女性のA様。何度も家から出て行ってしまうA様に、ご家族の負担も限界に。
私(お客様相談担当のM)がご相談を受けた事例を紹介いたします。
ご家族様の「SOS」から始まったご相談
A様は要介護1で、認知症状もある方です。敷地内の別宅にお住まいのご家族様は、A様が夜お一人になることをとても心配されていました。足腰は丈夫なA様は、何度もご自宅を出て行かれては迷子になり、戻れなくなったり、車にひかれそうになったりしました。ご自宅のすぐ近くには大きなバス通りもあるため、ご家族様はA様のご自宅にセンサーをつけるなどして万全の対策をされていました。それでも出て行ってしまわれるA様。限界を感じたご家族様が、ホームにご相談にみえたのでした。以前、ご家族様はA様に老人ホームの話を持ちかけたことがあったそうです。しかし、A様は完全拒否。認知症が進みつつあるのに「一人で生活できる」とおっしゃいます。その拒否があったので、ご家族様も入居を躊躇しておられました。
私たちは、ご家族様のご様子を見て「このままではご家族様も心配」という思いを強くしました。そこで、「とにかくホームに任せてみてください」とお話し、ご入居の話を進めることにご納得いただきました。
「あなたたちは私を欺きました」
なんとかしてA様にホームの生活を体験していただきたい。そして、ここで暮らせてよかったと思っていただきたい。そのためにどうすればいいかを考えていたところ、ご家族様から「リハビリを受けに行くということにしましょう」とご提案がありました。A様も、リハビリを受けることには納得してくださり、体験利用をすることになりました。ところが、ホームに到着し居室に入った途端、A様の目は文字通り「三角」になり、こうおっしゃいました。「あなたたちは私を欺きました」
A様は出口を探して歩き回られ、ご家族様の説得にも耳を貸そうとしません。その後もA様は、帰ろうと出口を探して歩き続けていました。
翌日も、A様はずっと出口を探して歩き回られていました。ご家族様は心配でホームには来られていましたが、柱の陰に隠れて様子をご覧になっていました。
ご入居者様同士だから通じた気持ち
夕方になって、歩き回るA様の様子を見ていた男性のご入居者様が、見かねて声をかけてくださいました。「あなたね、そんなにずっと歩いていたら疲れるでしょう。お腹もすいたでしょう。ここに座って一緒にご飯を食べましょう」
すると、すっと椅子に座り、夕食をお召し上がりになったのです。さらに、夕食のあとA様は歩き回ることなく、自室に戻られました。ご家族様は、そのご様子に安堵されました。
A様は、それからも何度か帰宅するため出口を探すことがありましたが、そのたびほかのご入居者様が声をかけてくださいました。また、制服を着ているスタッフは、ここに閉じ込めている「敵」と思われているようでしたが、ほかのご入居者様がお声をかけてくださるので、だんだん穏やかになり、スタッフとも話すようになっていきました。
初日、「家に帰る」ことだけに心を奪われていたA様は、ほとんど何も見えていないような状態だったのではないでしょうか。ご入居者様に声をかけられて初めて、モノクロの映画にパッと色がついたように、周りの風景や人が見えてきたのではないでしょうか。
それをきっかけに、A様にとってほかのご入居者様は仲間となり、一緒に生活していくことができるようになったのです。
ご入居者様同士だからこそ通じる言葉があるのだと思いました。ご入居者様同士の交流には人の気持ちを動かす力があると改めて感じたエピソードでした。