エピソード
vol
20

「認知症のお母さんとの同居は疲れた」と相談を受け、悩まれていた息子様

2014年03月20日

70代のご両親は、お二人で一軒家にお住まいでした。お父様は、失語症で思うようにお話しができず、最近、認知症により物忘れが増えたお母様とやりとりするのに、イライラがつのっていらっしゃるようでした。「一緒に同居するのは疲れたから、自分一人でホームへ入りたい」と、息子様が相談を受け―。

私(お客様相談担当S)がご相談を受けた事例を紹介いたします。

夫婦ゲンカが絶えなくなり

亭主関白で頑固なところがあるお父様は、脳梗塞の後遺症による失語症があり、要支援2の認定を受けられていました。要介護1の認定を受けられていたお母様は、若い頃からお父様に尽くしてこられましたが、ご自身の認知症が発症した頃から、今までなら我慢されていたことも、口に出して反撃をされるようになりました。また、物忘れも増え、お父様に何度も同じことをたずねられるようになったため、言葉を上手く発することができないお父様は、そのたびにストレスがたまり、「お母さんとの同居にはもう疲れたから、自分をホームへ入れて欲しい」と、息子様ご夫婦にご相談されました。
思うように対応してくれないお母様に、お父様が手をあげてしまうこともあり、息子様もご両親二人きりでの生活を心配されていました。しかし、お母様はガスコンロの火の消し忘れが多くなってきていたりと、お父様だけがホームへご入居され、お母様は一人暮らしということは、現実的な想定はありませんでした。
息子様は、お父様よりもお母様のご入居を先に考え、「母が落ち着いた頃に、父の入居を検討したい」とご相談に来られました。
ご自宅へご挨拶にうかがうと、お母様は、「私はお父さんとは離婚するの」と繰り返され、ホームの話になると、「私は老人ホームになんて、入らないわよ! お父さんだけ行けばいいのよ!」と、かたくなに拒否されていました。
悩まれた息子様は、「一人暮らしは不自由だから、お父さんが入院する間だけホームに行こう」と、お母様が納得できそうな理由を考えてお話しをされ、ご入居されることになりました。

ご自宅のことが気になられるお母様

ご入居にあたり、お母様のご入居後の生活がよりよいものになるよう、ご家族様と次のようなお約束をいたしました。
・お母様のために、ご自分でできることは、なるべくご自分でしていただく。
・近くへ外出される際は、スタッフが陰で見守りをさせていただきながら、お一人でお出かけいただく。
・お母様が寂しくならないようにお声がけをしながら、ホームのコミュニティの時間も楽しんでいただく。

ホームでの生活が始まると、お母様はコンビニへのお買い物など、近場の外出も楽しみながら、落ちついて過ごされていました。しかし、ふとした瞬間にご自宅が気になられて、「帰らなくては」と、コンビニからご自宅へ向かわれることも…。見守りをしていたスタッフから連絡を受けたホーム長が駆けつけ、偶然を装って、「寒いからホームへ帰りましょう。お食事もご用意していますから」とお話しすると、馴染みのあるホーム長の顔をご覧になってホッとされたご様子で、「そうね。悪いわね」とホームへ戻られる―。そんなことが、何回か繰り返されました。

再び訪れた穏やかな暮らし

そうこうする間に1ヶ月が経ち、一人暮らしが寂しくなられたお父様から、「そろそろ自分も入居したい」と、ご連絡がありました。息子様は、「母が父を見つけたら、自宅に帰りたくなってしまうのではないか」と、心配されていました。ホームでは、ご入居後、しばらくの間は、お二人が顔を合わせないで生活していただけるようにスケジュールを考えていましたが、お父様がご入居された初日にお母様とバッタリ顔を合わせてしまわれました。
しかし、お母様は動揺されることもなく、お父様に「あら、退院できたの?」「どうしたの? ここに住むの? あの家はどうなるの?」と、穏やかにご質問されていました。「家はそのままだから、たまに帰ればいいでしょう」という息子様たちのお言葉にも、「そうね」とすんなりお返事をされていました。
その日以来、お母様は、ご自宅に帰ろうとされることがなくなりました。
私は、お母様はお気持ちが優しくてとても繊細な方なので、お父様に手を上げられた恐怖心から「離婚する」とおっしゃっていたけれども、ご自宅に帰ろうとされていたのは、実は、お父様のことがとても気になられていたからではないか、と思いました。
お二人だけの生活では、お母様のご様子にイライラしてしまっていたお父様も、『身の回りのことは、すべてスタッフに任せればよい』という安心感や、他のご入居者様との交流が気分転換につながったようで、お母様につらくあたることがなくなりました。

それぞれの時間も楽しまれつつ、お二人での時間も穏やかに過ごされるようになったお父様とお母様。息子様たちは、その姿をご覧になり、心から安心されたようです。
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