エピソード
vol
34

認知症から「徘徊」や「帰宅願望」の症状が出たお姉様の居場所づくり

2014年06月25日

認知症により一人暮らしが難しくなりホームに入居されたお姉様。環境の変化に馴染めず、毎日「帰りたい」とおっしゃっていましたが、ある出来事をきっかけに少しずつ落ち着きがみられ…。

私(お客様相談担当N)がご相談を受けた事例を紹介いたします。

近所の方に火事を心配され、切羽詰った状況でのご入居

84歳のお姉様は、生涯独身で登山を趣味とされながら、定年まで大手企業を勤めあげた後、一人暮らしを続けてこられました。ところがある日、マンションの管理組合を通じて妹様へ連絡が入ります。

「このところ、夜中に大きな音を立てて出入りするなど、お姉さんにおかしな行動が目立ってきています。火でも出たら困るから何とかしてください」

あわてて妹様が様子を見に行くと、お部屋はゴミだらけで、入浴はおろか、食事や着替えをしているかすらわからない状況でした。驚いた妹様は、自宅近くにできたホームへ「もう自宅での生活は無理なんです…!」とお姉様を連れて駆け込まれてきました。お姉様はボロボロの格好で、なんともいえないにおいがしています。応対をした私にも、お姉様が自宅での一人暮らしを継続することが難しいことは一目でわかりました。

館内の見学をされた妹様は「今日家に帰ったら、再度外へ連れ出すのはとても難しいかもしれません。今日このまま置いてくれませんか」と、切羽詰ったお気持ちを訴えられました。私はホーム長と相談し、早急にご入居いただけるよう準備を進めていきました。

安心して生活いただくため、試行錯誤の環境作り

ホームに入居された日。お姉様は、慣れない環境に明らかに落ち着かない様子でした。それでもスタッフが話しかけると冗談を言いながらお話され、お疲れもあったのか早くにお休みになられました。しかし、夜中に目が覚めたお姉様は、身の回りのお荷物一式を風呂敷に包み、「長らくお世話になりました。これで帰ります」と、玄関にいらっしゃいました。スタッフが応対し、その場は居室に戻っていただきましたが、このような「帰宅願望」はご本人の不安を取り除き、安心できる環境を作らなければ、本当の意味での解決にはなりません。

その後も、お食事やアクティビティにお誘いすると「あらそう?」と楽しそうに参加されますが、ふとした瞬間には、また風呂敷包みを抱えて玄関に来られることがたびたび起こりました。私たちは、どのようにしたらホームをご自身の「居場所」として感じていただけるのか、スタッフも交えて考えました。

そして、急なご入居だったため、お部屋にホームでお貸しした最低限の家具しかないことも落ち着かない原因ではないかと思い当たりました。そこで、妹様に昔から使いなれた家具や、大切にされていた物、お写真などをお持ちいただくことにしました。

若いころから使われていた箪笥がお部屋に入ると、お姉様は「あら私の箪笥があるわね」「これは風呂敷に入らないわねぇ」と、以降は風呂敷にまとめた荷物を持ってご自宅へ帰ろうとされることはピタリと無くなりました。

得意な事をしていただきながらの「居場所」作り

お部屋にご自分の使い慣れた物が入り生活感ができたことや、だんだんとホームでの生活のペースができてきたことで、お姉様も少しずつ落ち着いてきました。賑やかな事もお好きな方で、アクティビティ等にも楽しそうに参加されていました。

その後も「帰らなくては」「今日は山に行かなくちゃいけないの」とおっしゃり、ホーム内を所在無げに歩き回られていることもありました。ただ、そうおっしゃる理由を探っていくと、お腹が空いたり、手持ち無沙汰な時間があるときに言われていることがわかりました。空腹を感じていそうな時はお菓子などで軽くお腹を満たしていただく、手持ち無沙汰なときは何かお好きなことをして過ごしていただける時間を作るなど、スタッフは試行錯誤を重ねながら、お姉様に安心していただける環境を作るよう努めました。

ある日、ホームのイベントに私の長男(2歳)を連れて行った際に「可愛いわね。私に絵を描かせてちょうだい」とうれしそうにおっしゃいました。「ぜひお願いします」とお伝えすると、1時間以上も集中して描かれ、出来上がった作品はとても見事なもので、ほかのご入居者様も感心されるほどでした。

昔は良く絵を描かれていたと、その時初めてうかがいました。その後は、時間ができたらスタッフやご入居者様やご家族などいろいろな方の似顔絵を描かれました。周りの方からも“「帰るわ」と玄関によく居る方”から“絵が得意な方”と認められ、お姉様のさらなる居場所作りになったように感じたケースでした。
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