エピソード
vol
44

認知症のお母様の入居をきっかけに取り戻した家族の絆

2015年02月19日

ご自宅でお母様の介護をされていたA様ご一家。家族の誰一人として介護に不満を漏らすことなく、一見平穏に流れていた時間。ただ、A様は段々と家族の心が離れていく感覚を覚え…。

私(お客様相談担当I)がご相談を受けた事例を紹介いたします。

リビングが「家族の場所」から「お母様の場所」になり

A様からご連絡をいただいたのは、年の瀬も迫った晩秋の頃でした。

ご相談いただいたのは同居されているお母様の入居について。A様のお母様は長年お父様と一緒に生活されていましたが、その年の夏にお父様が亡くなり、A様ご一家の住む家に移られてきました。

お母様は10年ほど前から認知症を患われており、コミュニケーションを取ることもままならない状況でしたが、そんなお母様をご自宅で介護することを、A様のご家族様も快く認めてくださったそうです。

お母様には徘徊など特に問題となる行動もなく、お一人でトイレにも行けるため、A様が介助をする必要はほとんどありません。A様はご自宅でお母様と住まわれることに特別ストレスを感じることもなく、むしろ身近なところで様子を見守ることができ、安心感を持たれていらっしゃいました。

そう、最初のうちは…。

段々と月日が経つにつれ、A様はご家族様の雰囲気がどこか以前と比べて重苦しくなっている感覚を覚えたそうです。例えば、それまでリビングは一家の憩いの場となっていましたが、お母様を迎えて以降、家族がそこに集うことが一切なくなったとのことでした。

当時、お母様は一日の大半をリビングの椅子に座って生活をされていました。基本的には穏やかに過ごされているお母様でしたが、時折ブツブツと意味の取れない言葉を発せられたり、お身体の不調を延々と訴えられたりすることがありました。

そんなお母様に対して家族の誰も不快な思いを口にすることはありませんでしたが、いつしか自然とリビングへ家族の足が向くことはなくなったそうです。

「母の事で困っていることは本当に何もありません。ただ…私たち家族にとってこのままの状況で本当によいのかわからなくて…」

A様はそういってベネッセのホームを訪ねて来られたのでした。

「これ以上、悪くなってほしくない」その気持ちが後押しに

A様が相談にいらっしゃった理由は、実はもうひとつありました。それは「このままでは母も幸せではないのではないか」という想いです。

A様は認知症の影響によって10歳頃から後のことをほとんど覚えていません。幼少期のことは鮮明に覚えておりよくしゃべられる一方で、1分前の事を忘れてしまったり、ご家族様の事もはっきりと認識することができなくなっていました。

A様がもっともショックを受けられたのは、長年連れ添ったお父様の事もお母様がすっかり忘れてしまっていたことでした。10年以上に渡り認知症のお母様を献身的に支えていたお父様の事すら思い出せなくなってしまった。

「これ以上、悪くなってほしくない!」

そんなお気持ちが、A様のお心の中にはあったのではないかと思います。「自宅にいてもリビングで日がな1日ボーっと過ごしてしまって…」と申し訳なさそうに語るA様からは、環境を変えることでA様の認知症が改善してほしいという期待を感じました。

ホームを探される際、多くの方が「自宅と変わらず、穏やかに過ごせる場所を提供してほしい」とおっしゃいます。ですが、A様の場合は敢えて「できるだけ自宅とは違う環境で生活させたい」と希望されました。

きっとそれは、環境を変え、周りに人がいる環境で多くの刺激を受けることで、少しでもお母様が元気になることを望まれていたからではないか。私はそう思いました。

「何を基準に本人にとっての善し悪しを判断するか

ご入居に際して、A様がもっとも悩まれたのは「何を基準に判断すればよいか」ということでした。お元気な方であれば、ホームの生活をご本人に体験していただき、その感想を聞いて判断するところですが、お母様は認知症で1分前の事も覚えていられないため、感想を聞いても判断できないことにA様はもどかしさを感じられていました。

そんなA様に私がお伝えしたのは、「お母様の表情を見ていてください」ということでした。A様のお母様に限らず、自分の感情をうまく言葉にできない方はたくさんいらっしゃいます。そんな方でも、本当に満ち足りた気持ちにあるとき、何かこれまでとは違う表情をされたり、いきいきとした仕草をされるものです。

実際、A様が入居を決められたのも、お母様の表情をご覧になってのことでした。あるホームを見学された際、フロアに入ってすぐ、お母様の表情がパッと明るくなったそうです。そのホームはお母様と同じ認知症の方がたくさんいらっしゃる環境ですが、みんなが楽しそうにおしゃべりをして、活気を持って生活されています。

ご自宅では見せることがなかったお母様の笑顔にA様はその場で入居を決断されたそうです。「ここならば、母も幸せに暮らせると思います」その言葉に、すべての想いが詰まっていました。

ご入居後、お母様はご自宅にいたときよりも明るくなり、毎日を楽しそうに過ごされていらっしゃいます。また、一時はバラバラになっていたA様ご一家の生活も元に戻り、ご自宅のリビングには一家団らんの風景が戻ったそうです。

入居を通して、ご家族様の生活の安定とご本人様の幸せの両方を実現できたエピソードでした。
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