エピソード
vol
50

“親を入居させてよいのか”という罪悪感や葛藤を越えて

2015年04月10日

認知症のA様は同居される娘様にべったりの生活。しかし、転倒をきっかけにご家族様での介護は難しくなり、老人ホームを検討されるようになりました。ご家族様は必要に迫られつつも、罪悪感から入居の決断がなかなかできず…。

私(お客様相談担当T)がご相談を受けた事例を紹介いたします。

転倒をきっかけにご自宅での介護が限界を迎え

80代のA様は、娘様ご夫婦と一緒に一軒家で生活されてきましたが、ご自宅での転倒をきっかけに本格的な介護が必要となりました。

A様は自力での歩行が難しく、車椅子を使用しての生活となりましたが、バリアフリーではないご自宅での生活はご本人様にとっても、またご家族様にとっても簡単なものではありません。加えて、A様は認知症もお持ちで、物忘れが激しかったことから、ご家族様の負担は日々増すばかりでした。

特にA様は生活の大半を娘様に頼っており、一日中べったりと付き添っての介護を求められていました。入居のご相談にいらした際も、娘様は「母を私から離すのは無理なんじゃないか…」という不安をしきりに口にされていらっしゃいました。

以前、何となしに「将来、老人ホームに入るのはどう?」と尋ねられたことがあるそうですが、その際A様は「家族と離れたくない。そんなところに入るくらいなら私は死ぬ」と語気を荒げておっしゃったそうです。

自宅での介護を負担に感じつつ、A様の本意に反して入居させることへの罪悪感、また現実的にそれが可能なのかという不安を抱えられ、ご家族様は大変に悩まれていらっしゃいました。

入居は「家族」を取り戻すための選択、という発想

私がご家族様にまずお話させていただいたのは、入居をすることで、むしろ家族関係が良好になる場合が多い、ということでした。

ご自宅での介護の際、家族同士だとつい感情的になってしまったり、必要以上に相手に対して気持ちが入ってしまう場合があります。

特に認知症の方の場合、感情をストレートにぶつけられる方が少なくありません。その状態でお互いに無理を続けることは、双方にとって望ましい状態ではないと言えます。

入居をきっかけに関係が改善されるのは、介護が必要な方とご家族様の間に適当な距離を保つことで、感情的な対立を減らし、思いやりをもって接することができるからです。

もちろん、無理に入居をおすすめすることは決してしませんが、入居を覚悟しつつ、その罪悪感にさいなまれていたA様のご家族様には、「入居=A様を見捨てること」ではなく、むしろ「元気だったころの良好な家族関係を取り戻すための選択」であることを、過去に携わらせていただいたお客様の例も元に、お話させていただきました。

ホームはご本人様だけでなく、ご家族様のためにもある

その後、入居のお話は進み、A様に正式にご入居いただくことになりました。

ところが、検討の際は入居を承諾していただいたA様でしたが、実際にホームに入るとご自宅と異なる環境での生活に戸惑われ、「帰りたい」といった発言をたびたびされるようになったのです。

A様のご様子に、「ご家族様に相談した方がいいんじゃないか?」というスタッフもいましたが、そんな意見に対しホーム長は次のように返しました。

「困ったらすぐご家族様を呼ぶ、では入居をしていただいた意味がない。ホームはご入居者様のためだけにあるんじゃない。ご家族様のための場所でもあるんだ」

この言葉の裏には、「ご入居者様から不満が出ていることをご家族様には隠したい」というやましい気持ちは一切見られず、ただ「困っているご家族様の心配をこれ以上増やしたくない」という純粋な気持ちがあったのだと思います。

私も、お客様相談担当やホームでの業務を通じ、「ご相談にいらっしゃるご家族様は皆、大なり小なり困りごとや不安を抱えていらっしゃる」ということを痛感しています。そんな困っていらっしゃる方々に、どのような価値を提供できるか。それが私たちの仕事だと思っています。

A様の場合も、本当に重要なケースはもちろんご家族様に連絡をさせていただきましたが、日々の細かな要望やご不満に対しては、その都度ホームのスタッフで対応や改善策を検討し、少しでも喜んでいただける環境を整えていきました。

その後、3ヶ月ほどするとA様も環境に慣れ、不満を口にされることもだんだんと少なくなっていきました。ご家族様も穏やかな生活を取り戻され、安心されていらっしゃいます。
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