エピソード
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「母の負担を軽くしたい」~お母様の顔しか分からなくなられた認知症のお父様~
2014年05月28日
認知症の症状が一層進んだお父様。1分前のことも分らなくなるご状態となり、2世帯同居の娘様は、高齢のお母様の負担を心配されて…。
私(お客様相談担当T)がご相談を受けた事例を紹介いたします。
分らないことが急激に増えたお父様
80代で要介護1のお父様は、半年ほど前からアルツハイマー型認知症の症状が一気に進行し、1分ほど前のことも忘れてしまうようになりました。娘様の顔も分らなくなり、奥様のお顔だけ見分けられる状態となり、何事も不安で常に奥様にベッタリ張り付き、後ろを付いて歩かれる状態となっていました。2世帯住宅で同居されていた娘様は「自宅介護の限界が見え始めてきたので、いざとなった時に頼れる場所を探しておけば、母も安心だと思うので」と、住み慣れた地域でホーム探しを始められ、お母様と一緒に見学にお越しになりました。
ご見学の際、お母様は「なかなか気持ちの整理がつかない」とかなり迷われているご様子でした。入居後も自由にご自宅と行き来していただけることをご説明し、ご家族様での介護が難しくなったときだけ利用していただくことも可能である旨をご提案しましたが、その時点では「もう少し自宅で看たいと思います」とお返事をいただきました。
ちょうどご相談いただいたホームに空室がなかったこともあり、空室が出たりホームで行事がある際にお声がけさせていただくということで、その時はお帰りになられました。
迷いや葛藤を抱えつつ、重くなる介護の負担
しばらくして、ホームで空室が出た際に改めてご連絡を差し上げたところ、お母様のお心はまだ揺れているようでした。娘様も「今は父の調子もよく、デイサービスを利用しながらもう少し自宅でがんばれそうです」とおっしゃられ、お母様のお気持ちを尊重したいとのご意向でした。そんな折、ご家族様の心をさらに揺さぶる出来事が起こります。
デイサービスに通われていた施設のショートステイを体験したところ、お父様の帰宅願望があまりに強く、わずか1日で自宅に帰らざるをえなくなってしまったのです。お母様はこのことに強くショックを受けられ、「もうどこにも預けることもできないのではないか」と思いつめられてしまったそうです。
一方で、お父様の介護度は以前よりも上がり、デイサービスを週6日に増やして介護されている状況。娘様はお母様の「自宅で看たい」というお気持ちを大切に思いつつも、現実的にこれ以上は限界だとも感じられていました。
そんな迷いや葛藤を抱えつつ、改めてベネッセのホームにご見学にいらっしゃいました。
ご本人の不安と混乱を少なくするために~ご家族様の協力をいただきながら創るご生活~
お話しをうかがうと、お母様もショートステイのことがトラウマになりつつも、そろそろ自宅での介護は限界だと感じられているということでした。そこで、認知症の進んだお父様が、混乱されたり不安になることがなるべく少なく済む方法をご家族様と一緒に検討いたしました。たとえば、鏡に映るご自分の姿を他人だと思われ、ご不安なご自分の表情を見て鏡と喧嘩をされるということでしたので、鏡を見ずに生活できる環境を整えることにしました。また、生活の変化に戸惑われないよう、起きる時間から夜中のお手洗いまでの生活サイクルを、ご自宅からデイサービスに通われている時と同じリズムを守るよう配慮しました。
それから、人と一緒にいることやおしゃべりしていることを好まれる方でしたので、ホームのスタッフの中で担当者を決め、ご入居当日は1名がずっと傍に寄り添うようにしました。また、生活に慣れるまでは、不安になられる前にお声掛けをしながら、他の方との交流の機会を作っていくことにしました。
通常、このような入居後の生活プランを考える際は、ホームの担当者がご自宅にうかがい、普段の生活のご様子をお話させていただきながら検討していきます。ただお父様の場合、ご自宅に知らない人が来ると混乱されるということだったため、ホームのイベントに遊びに来ていただき、ホーム長やスタッフが見守りながら歩行のご状況や、興味をもたれることなどを確認させていただきました。
そして、体験入居にお越しいただいた際、お母様にはあえて極力顔を出さないようにしていただきました。その分、ホームのスタッフが手厚く接し、不安を感じずにご自宅と同じように生活できる環境を作ることを目指しました。無事、体験入居の期間を終えられた際にお母様よりうかがった、「これで少し楽になれます」というホッとされた一言が印象に残っています。
検討の過程では、娘様からは「こんなに母に依存している父でも、大丈夫でしょうか」と何度も聞かれ、お母様がとても深く強い葛藤を続けていることを感じながらご相談を受けさせていただきました。
ホームで生活されることを選ばれてもご家族様の関係が切れる訳ではありません。ご家族様と私どもの役割分担をご相談させていただきながら、共にお父様の生活を創らせていただいたケースです。