エピソード
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認知症で帰宅願望の強いお母様。ホームが『わが家』となるまで
2013年12月19日
娘様とお母様の関係性は、お母様の認知症が進行するにつれて悪化し、娘様とお母様をつなぐことができるのは、ケアマネジャーだけでした。娘様は老人ホームへの入居をご相談され、なんとか体験入居がスタート。しかし、お母様の帰宅願望は想像以上に強いものでした―。
私(お客様相談担当S)がご相談を受けた事例を紹介いたします。
母娘の心の溝
一人娘に冷たくあたられる、80代半ばのお母様。重い認知症でありながら、一人暮らしを続けていらっしゃいました。担当のケアマネジャー(以下、ケアマネ)には心を開いていましたが、介護のためにご自宅を訪れる娘様には、機嫌が悪い日には暴言を吐き、物を投げつけることも…。娘様は、お母様が心配な反面、ほとほと困り果て、老人ホームへの入居を検討され始めました。娘様が早速、ケアマネに相談され、ホームへの入居へ向けたお話を進めるために、ケアマネから私に連絡が入りました。もちろん、お母様ご自身は、ホームへ入居するとは思ってもいない状況です。そこで、「どうしたらお母様がご入居をお考えくださるか」について話し合いました。
お母様は、娘様が選ばれたデイサービスを、口では嫌がっているものの、ほぼ毎日行かれていて、「実は、お母様はデイサービスをとても気に入っていらっしゃる」というお話をケアマネから聞きました。そこで、「お母様のご自宅の近くに新しいデイサービスができるので、一度出かけてみましょう」と、ケアマネからお母様にお話しいただくことになりました。
心からくつろげる「わが家」を再現
お母様は、一番信頼されているケアマネからの提案にご理解を示され、ホームに一度お越しいただき、体験入居されてみることになりました。体験入居へ向けてのお母様とのやりとりは、ケアマネが中心に行い、娘様には裏方に徹していただくということで、娘様、ケアマネ、私の三人が連携していくことになりました。認知症の方は、ご自身の知らない場所や物、人に対して、とても不安を感じるので、娘様にはお母様が過ごされるホームのお部屋を、ご自宅のような雰囲気に再現することをお願いしました。ご自宅の居間にはちゃぶ台がありましたので、娘様は、それとそっくりのちゃぶ台を準備。また、いつでもお茶を飲みながらくつろげるようにと、ポットも現在使用しているものと似たものを買うなど、お母様ができるだけ不安を感じないよう、さまざまな工夫をされました。お母様にとって、少しでも安心して過ごせる、居心地のよい場所になるように、常に心配りをされていました。
万全の準備を施し、いよいよ一週間にわたる体験入居がスタートしました。しかしながら、案の定、お母様にとって、知らない場所で知らない人と過ごされることはとても不安で、初日から一日中「家に帰りたい」と強く訴えられ、大半の時間をホームの玄関付近で過ごされていました。私やホーム長、スタッフは、常にお母様と一緒に過ごし、見守り続けました。
ホーム入居が紡いだ母娘の絆
予想はしていたものの、お母様の帰宅願望は非常に強く、2日目も同じような状況でした。しかし、時間が経つにつれて隣室の方とも仲良くなられ、ご自宅の居間を再現したお部屋で、お茶を飲みながら楽しそうにお話しされる時間も徐々にできて、ホームの玄関付近で過ごされる時間も減ってきました。体験入居の間、娘様はあえてお母様とはお会いにならず、お部屋づくりのためにお母様がご愛用されている物を、ホームへ少しずつ持ち込まれました。愛するお父様のお写真やお仏壇など、お部屋は日に日にご自宅のインテリアで埋め尽くされていきました。そして迎えた、体験入居最終日。ケアマネが架け橋となり、「ご自宅に帰られるか」「このままホームで生活されるか」を、お母様と娘様で話し合われました。涙ながらにお互い本音でお話しされるお二人…。お母様は、娘様の結婚を機に、「一人娘を取られたと思って、とても寂しい思いをしていたの」と、切々と訴えられました。今までのお気持ちを率直にぶつけ合われたことで、お二人のお顔は、涙で濡れながらも、とても晴れやかな表情になっていました。お母様のホーム入居がきっかけで、再び、母娘の絆を取り戻された瞬間でした。
今、お母様は、ご自宅と同様にホームで安心した毎日を過ごされています。