エピソード
vol
53

ALSのお客様の受け入れを通して痛感した、ホームの責任と役割

2015年05月08日

ALSと診断されたA様のご家族様は「今後自宅での介護は難しい」とホームにご相談にいらっしゃいました。ただ、ご希望のホームにALSの受け入れ経験がなく、ご入居いただくことがA様の幸せに繋がるのか、スタッフは自信が持てず…。

私(お客様相談担当S)がご相談を受けた事例を紹介いたします。

ALSのお客様からのお問い合わせを受けて

突然ですが「ALS(筋委縮性側索硬化症)」という病気をご存じでしょうか?

2014年の夏に「アイス・バケツ・チャレンジ」という、有名人が氷水を被る動画で話題になり、この病気をテーマにしたドラマも放送されたことから、名前や大まかな症状はご存じという方も多いのではないかと思います。

ALSは体を動かすための運動ニューロン(神経系)が壊れてしまう病気で、極めて進行が早いことが特徴です。ALSにかかると、初めは食事がのみこめなくなったり、発話がうまくできなくなり、次いでだんだんと歩行が難しくなっていきます。そしてさらに進行すると、呼吸がうまくできなくなり、人工呼吸器が外せない状態になってしまいます。

現代の医学では確固とした治療法は確立されておらず、発症後数年での死亡率も極めて高い病気です。

数年前、私が担当したお客様でALSを罹患された方がいらっしゃいました。当時70代だったA様です。

A様は大変お元気で、長らくご自宅で一人暮らしをされていました。ALSと診断をされた直後、私が初めてお会いした時はまだまだお元気で、ご自身でお食事を召しあがられたり、立ちあがって歩行ができるほどでした。

しかし、上述の通りALSの進行は非常に早く、おそらく数ヶ月後には今まで通りの生活は送れなくなってしまうことが予想されていました。

実際、A様の病状の進行は極めて早く、お問い合わせから2ヶ月程度で車椅子での生活となり、さらには食事も口からとれなくなり、胃に穴をあけて直接栄養を摂取する「胃ろう」の状態にまでなっていました。

刻々と進行してゆくA様の病状にご家族様の心配は日増しに大きくなり、「なんとかホームに入ることはできないか」とご家族様からの強い要望をうかがいました。

ご本人様の安全を考えるがゆえのホームの葛藤

当時、私が担当していたのは「メディカルホーム」というベネッセのなかでも医療的ケアの対応が可能なホームでした。具体的には24時間看護職員を配置しているため、例えば末期癌で医療用麻薬の使用が必要な方でも受け入れの相談が可能なホームです。

A様ご家族も医療対応の質を求めて、この「メディカルホーム」への入居を希望されていました。しかし、どれだけ対応力が高いといっても、あくまで「有料老人ホーム」の中での話です。病院と比べれば、万が一の際の対応力は落ちますし、日々の健康管理も特殊な疾病であるほど難しくなります。

例えば、ALSの症状が進行した方の場合、ご自身で快・不快の意思表示をすることができません。そのため、ご家族様からは逐次A様の様子を見て、例えば体勢が傾き苦しい状態になってしまった際など、すぐに体勢を直すようにしてほしい、とのご要望をいただいていました。

ただ、A様以外にも介護が必要な方が多くいらっしゃる環境で、限られた人数でA様の機微をつぶさに読み取るのは至難の業です。

ALSの方への対応の経験値があればこそ気づけることもありますが、このホームでは過去にALSの方を受け入れた経験がなかったため、ご入居後すぐにご満足いただける対応ができるか、即答しかねる状況でした。

ほかにも、夜間の見守り体制や入浴のことなど、ご家族様からはたくさんのご要望をいただきましたが、すべてのご希望に添うことは、やはり難しい部分があります。A様に少しでも安全な環境で長生きしてもらいたいというご家族様の強い気持ちを理解しつつも、それに100%応えられないもどかしさを、私は強く感じていました。

考えに考えた末の結論と、ご家族様の本音

「それでも、なんとかA様を受け入れられないかなぁ」

そう言いだしたのは、当時のホーム長でした。

「ホームである以上、(病院等と比べると)できることとできないことがある。病院のほうが安全だけど、ホームでしか送れない生活もある。それをご家族様にわかっていただいた上で判断してもらったらどうだろうか」

それ以降、ホーム長はALSの受け入れ実績のあるほかのホームにヒアリングし、ご入居後の対応や受け入れに必要な準備を洗い出していきました。ご入居いただくからには、少しでもできることを増やし、少しでもご納得いただく生活を送っていただきたい。その一心でした。

「できないことも当然あります。それでも、できる限りのことはやらせていただきます」というホームの言葉に、最後はご家族様もご納得いただき、ご入居されることになりました。

ご家族様とお話をする中で、当初は「安全のために○○をしてください」というご要望ばかりお話されていた娘様が、実は「病院ではなくホームを希望したのは、最後まで生活感のある暮らしをさせたくて」という想いを強くお持ちであることがわかり、単に安全面だけでなく、そのような想いにも応えられる生活プランを検討していきました。

その後、A様はALSの進行こそみられるものの、今でも元気にホームで生活していただいております。ご家族様からA様を思えばこそのオーダーをいただくこともありますが、都度ホームとご家族様の間で相談をしながら、どうすればA様が一日でも長く幸せに生活いただけるかを考えています。

ホームは万能ではありません。できないこともたくさんあります。

それでも、ホームにご相談にいらっしゃる方は皆、大なり小なり「困りごとを抱えている」ということを、私自身が家族の介護を通じて身にしみて感じています。

ご本人にとって、またご家族様にとっても前向きな気持ちになれるご提案を今まで以上にできるようにしていきたいと強く感じたエピソードでした。
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