エピソード
vol
59

「最期の瞬間まで自分らしく」 覚悟をもったご家族様の想いに応えて

2015年07月17日

難病を抱えられたA様と、その人生にふさわしい「最期」のあり方を求めるご家族様。最期まで自分らしく生きてほしいというその想いに私もホームも感化されて…。

私(お客様相談担当T)がご相談を受けた事例を紹介いたします。

骨折をきっかけに老人ホームを探されて

今から数年前のちょうど初夏の頃、A様はベネッセのホームの居室で80年の生涯に静かに幕を下ろされました。

A様がホームにいらっしゃったのはわずか2ヶ月足らず。それでも、A様とそのご家族様がホームにお越しいただいた日のことは、今でも昨日の事のように思い出されます。

A様ご家族が初めてベネッセのホームにお見えになったのは、まだ寒さの残る2月の終わり頃のことでした。

A様は前の年の終わりから骨折で入院をされており、リハビリの結果、車椅子で移動することはできるようになったそうですが、食事や排泄の介助は必要な状況で、退院後の生活についてご家族様は悩まれていらっしゃいました。

「このところ物忘れも増えてきているので、この先は本格的に介護が必要になると思います。家で介護をすることも考えたのですが、家族だと甘えも出てしまいますし…」

そんなお話をしていただいたかと記憶しています。そんな状況で、近所にあるベネッセのホームの評判を聞き、お見えになったとのことでした。

その後、ホームをいくつかご覧いただくなかで、ご家族様が希望される雰囲気に合ったホームが見つかり、ご入居の検討を進めていくこととなりました。

ただ、ご家族様には入居に際して不安に思われていることが一つだけあったのです。

「難病を受け入れる」覚悟をくれたご家族様の想い

A様は1年ほど前に受けた検査で、循環器系に非常に特殊な疾病が見つかっていました。そのことをご家族様は非常に心配されており、「特殊な病気を抱えていますが、果たして受け入れてもらえるのでしょうか?」という質問を何度もされました。

実際、A様と同じご病気を抱えられたお客様をお迎えすることは、100以上(※ご相談当時)の拠点を抱えるベネッセにとっても初めてのことでした。

特殊な疾病といっても、普段の生活の中で何か特別な対応が必要というわけではありません。定期的に病院で治療を行っていただく以外は、他のご入居者様と同じ生活を送っていただくことが可能です。

ただそれでも、特殊であるが故に、不測の事態がいつどのような形で起こるかはわかりません。もし万が一何かあった際、A様やご家族様に責任を取れるのか。また、果たしてご入居いただくことが本当にA様の人生にとっていいことなのか。

社内で、そして現場のホームでも議論を重ねた末に、私たちはご家族様にそのままの形でお伝えすることにしたのです。

「A様にご入居いただくことは可能です。ただ、万が一の場合の事も覚悟していただけますか?」

そんな私の言葉に、ご家族様は次のように返してくださいました。

「それでも構いません。万が一の際のリスクは当然理解しています。それでも、父には病院のベッドの上でなく、父らしい姿で最期まで過ごしてほしいんです」

かつて、大きな会社の役員を務められ、威厳をもって生きてこられたA様。その人生を最後の瞬間までA様らしく生き抜いてほしい。そんなご家族様の強い想いを感じました。

と同時にそれは、私やホームの人間の多くが「A様の人生に最後まで寄り添いたい」と思わせてくださった瞬間でもありました。

最期まで“自分らしく”生きられる場所

ご入居後、ご家族様の意向に沿って「とにかく自分の意思で、自分の好きな事をやっていただくこと」をA様の生活の第一に置くこととしました。

ご自宅にいらっしゃった頃、スポーツ観戦が趣味だったA様のためにご家族様は居室に衛星放送を引かれ、いつでも大好きな番組を見られるようにされました。また、入院中は制限が多かった外出も可能となり、家族水いらずで大切な時間を過ごされていらっしゃいました。

また我々スタッフもA様のお一人の時間を邪魔せぬよう、食事の時間に気を配ったり、ご本人の尊厳が傷つかないよう十分に配慮しながら日々のお手伝いをさせていただきました。

そして…

ホームにご入居されてからわずか2ヶ月ほどでA様は天寿を全うされました。事前にご家族様から「もう先は長くないと思う」とのお話はうかがっていましたが、思っていた以上に別れの日は突然に訪れたのでした。

A様がいらっしゃらなくなったお部屋で、ご家族様からこんな言葉を掛けていただいたことを覚えています。

「ありがとう。あなたたちのおかげで、父は最期まで苦しまず、自分らしく生きることができました。本当にありがとう」

A様と、またA様のご家族様と一緒に過ごした日々は本当に一瞬のことです。

それでも今なお、私の頭の中に強く印象に残っているのは、我々ホームがご本人様やご家族様にとってどういう存在であるべきかを私に教えてくださったエピソードだからではないか。そんな風に思います。
page-top