エピソード
vol
62

認知症による暴言・暴力でお困りのご家族の最後の拠り所になるために

2016年01月29日

アルツハイマー型認知症との診断で、要介護2の介護認定を受けていた80代後半のA様。 暴言、暴力が強く、利用できる場所がないとご相談をいただいて―

私(お客様相談担当I)がご相談を受けた事例を紹介いたします。

お薬の変更で、一気に強くなった暴言と暴力

あるご事情から、長年通われていた心療内科からほかのクリニックへと主治医を変更されたA様。お薬を変更された途端、通っていたデイサービスから利用を断られるほどの攻撃的な暴言と暴力が始まってしまいました。

当時、A様はご自宅で奥様とお二人で生活されていらっしゃいました。暴言・暴力が始まって以降、ご自宅での介護に限界を感じられた奥様は、服薬調整のための入院を検討されつつ、ホームへの入居もご検討されるようになったとのことです。

A様は郷里への思いが強く、毎日のように田舎に帰りたいと強くおっしゃっていました。自宅を離れ、ホームへ生活の場が変わるとなると、強い拒否感や帰宅願望が生まれ、それに伴って暴言や暴力が強くなる事が想像できます。

奥様は「入居が出来たとしても、すぐに退居させられてしまうのではないか」「長期での利用は無理なのではないか」と不安を抱きながら、ご長男様とケアマネジャーの方を伴われてベネッセのホームへご相談に来られました。

詳しいお話を伺う程、確かにご本人様の強い拒否が予想され、ホームに1泊していただくことすら難しい状況に思えました。

ただ、お困りのご家族様をこのままにしておく訳にもいきません。

そこで、通常は期間を決めてご利用いただく有料ショートステイを、期間を決めずにまずは1晩・2晩試していただく。そして、ホームでお過ごしいただけそうであれば、更に1日、もう1日と延長し、ご様子を見ながら長期契約へと切り替えていく。という特例の方法でご利用いただく事をご提案させていただきました。※

服薬調整については外来でよいとのことで早速その方向となり、ご本人様にお会いするためご自宅へうかがうこととなりました。

(※すべてのホームでこのような方法でのご入居をお受けできる訳ではありません)

このままでは帰れない…。追い返されてしまったご自宅訪問

玄関が開くと、「帰れー」と、大声が聞こえ、大変な興奮状態で杖を振りまわす男性の姿が見えたかと思った途端に、バタンとドアが閉められてしまいました。

A様でした。

老人ホームから人が来ると伝えれば、きっとA様を変に興奮させてしまうに違いない。そう考えていた私たちは奥様と相談し、あえて私達の訪問をA様にはお伝えしていませんでした。にも関わらず、です。

そういえば、ご入居までの段取りについて奥様とお話しするためにお電話した時にも、背後から大きなお声が聞こえて、途中でA様に電話を切られてしまう事が多々ありました。

この一瞬の光景からだけでも、ご自宅で高齢な奥様がお一人で介護をされる生活は、とうに限界が来ている事がひしひしと伝わってきました。

「このままにはしておけない」「今の生活から抜け出す方法の糸口だけでもつかまなくては、帰れない」同行した看護職員やリーダーと共にその場で作戦会議を行い、A様の興奮が少し冷めたと思う頃を見計らって、再度ご自宅へおうかがいしました。

「地域の皆さんの健康状態をうかがいに回っています」と、なんとかご挨拶させていただき、お部屋にあげていただく事はできましたが、しかし、やはりすぐに興奮をされ、大声を出されてしまいます。

どうやら、ご自宅に知らない人間がいるという事がA様にとっては落ち着かない理由のご様子。そのため、改めて別の日に奥様とA様でホームにお越しいただき、その際に詳しいお話をうかがう事となりました。

「私達が音をあげる訳にはいかない」ホーム長の想い

ホームへ来られたA様は30分程度はスタッフと穏やかに過ごされましたが、次第に落ち着きがなくなっていきました。まずは1泊していただくことが課題です。

A様に落ち着いて一晩過ごしていただくために、有料ショートステイの初日は奥様もホームへ泊まっていただく事になりました。A様は、奥様がいらっしゃることで少し落ち着きを取り戻されたようで、ご入居の1日目はなんとか何事もなく過ごすことができました。

2日目以降の夜は奥様にお帰りいただき、お一人での生活となりました。奥様の不在によりお気持ちを乱されてしまうのではないかと心配していましたが、スタッフが交代でそばにいる事で安心されたようで、以降も夜は何事もなくお休みになる事ができました。

一方、夜の落ち着きと反して、昼間は大きなお身体で大きな声を出されていらっしゃいました。普段、その様な状況に遭遇すると周囲の認知症の方は落ち着かなくなられるのですが、この時ばかりは恐れをなして皆さま静かに部屋に戻っていかれるほどの状況。

ホームは集団生活の場です。ほかの方の生活に支障がでるような行為をされる方はご入居をお断りさせていただく場合もあります。

毎日通われていた奥様は「このまま夫はホームにいてよいのでしょうか」「このような状況では、今すぐ長期でお願いしますとは言えません。でも、もう少し様子を見させてください…」と大変申し訳なさそうに、気を揉まれていらっしゃいました。

精一杯対応しているスタッフからも「ほかのご入居者様が安心して暮らせません。私たちでもこれ以上何をして差し上げたらよいかわかりません…」そんな弱音が聞こえる事がありました。

ただ、ご自宅では、奥様がその様な状況をお一人で看られていたのです。

ホーム長は「ご退居にあたるような事はされていないでしょう」「認知症の方のお手伝いをさせていただくのが、私たちの仕事」「私たちが音をあげる訳にはいかないのよ!」と根気強くスタッフを励まし続け、そしてA様をよく知り、少しでも居心地よく過ごしていただける環境を作ろうと、たくさんのお声かけをしながら試行錯誤を繰り返しました。

幸い、有料ショートステイを繋ぎながらスタッフが踏ん張っている間にお薬の調整もうまく行き、やがてA様の暴言はすっかり無くなりました。長期のご契約もいただき、最後はホームでお看取りまでさせていただきました。

改めてふりかえってみて、A様のご入居にあたっては、ご家族様、ホーム、みんながそれぞれできる事を諦めずに頑張った結果だったと思います。

特にホーム長が中心となってA様のお気持ちに寄りそいながら、辛抱強く頑張ってくれたことが強く印象に残っているエピソードです。
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