エピソード
vol
65

「家」として、「家族の代わり」として、「人と人を結ぶ場」として

2016年10月26日

人生の最期の時間をホームで過ごす、そう選択されたA様。 音信不通になっていた息子様とお父様を結びつけたのは、思い出深い「家」ではなく、ホームという新たな場所でした。

私(お客様相談担当I)がご相談を受けた事例を紹介いたします。

退院後の「家」となったホーム

A様はステージⅣの癌治療を一通り終えられ、これからの生活の場について検討されていました。
一般に、病院での癌治療が終わると、その後の過ごし方については、病院のソーシャルワーカーなどと相談のうえ決定されることが多く、緩和ケアを行う病棟やホスピスに移る場合や自宅に戻る場合など、さまざまな選択肢があります。

A様に同居のご家族様はいらっしゃらず、奥様とは20年以上前に離婚され、一人息子様ともまったくお会いになっていませんでした。

入院前はご自宅で一人暮らしをされていたA様ですが、病気の進行により日常生活にもサポートが必要になっていました。そのため、退院後、ご自宅に一人で住むのは難しいけれど、なるべくこれまでと近いかたちで暮らしたい、というご希望があり、私どもにご連絡をいただいたのです。

A様には家族のような存在の方が一人いらっしゃいました。その方は、昔馴染みの居酒屋のおかみさんです。入院前からA様のお身体を気に掛けてくださり、ときどきご自宅へも様子を見に来られていました。
そこで私たちは、おかみさんと相談し、A様のご自宅とおかみさんのお店の近くにある、ベネッセのホームへのご入居を提案することになりました。

このホームは「メディカルホーム」で、看護職員を24時間配置し、近くの協力医療機関とも24時間連携しています。ご入居者様に必要な医療対応や毎日のお身体の状態を把握し、もし、夜間、急に医師の指示を仰ぐことが必要になったときも、すみやかに対応することが可能です。
A様の場合、これから痛みなどの症状が昼夜を問わず出てくることも考えられるため、こちらのホームへご入居されることになりました。

ホームだから実現できたこと

A様はご入居初日から発熱もあり、不安定な状態であることに変わりはありませんでした。私たちスタッフは、事前に受け入れ体制や緊急時の対応についての打ち合わせを何度も病院と行い、A様にも「どうお過ごしになりたいか」をうかがってきましたが、ホームには、ドクターがいるわけではないため、緊急事態となったときは、病院を選択されたほうが安心なこともあります。でも、A様は、「病院にいてもね。もう、ここでいいんだよ」とおっしゃって、病院にはなるべく戻りたくないと思っていらっしゃるようでした。

容態が悪化したら病院へ戻るのか、それともホームで暮らし続けるかを、A様はその時ははっきりとお決めにはなりませんでした。それよりも、住み慣れたこの町で暮らしたい、というお気持ちの方が強かったようです。
一方で、必要書類などをひとつのリュックにまとめ、旅立ちに向けたご準備をされていました。「いつ何が起こってもいいように」と、覚悟を決めてのご入居でもありました。

数日経って、A様は、ご自宅の売却をお決めになりました。その手続きのために、おかみさんが息子様にご連絡をされました。
手続きそのものは書類を準備するだけでしたので、郵送でのやりとりも可能でした。しかし、A様のご病気の経緯やホームへご入居されたことを伝えると、「そういう状況なら」と、ホームへお越しになることになりました。

息子様がご来訪された日、A様によるとお部屋で一緒に写真を撮られ、A様の持ち物を記念にひとつ持ち帰られたとのことでした。ほんのひとときでしたが、20数年ぶりに「親子の時間」を過ごされたご様子でした。
息子様は「久しぶりに会えて、よかったです。ホームだから、会いに来ることができました」とおっしゃって帰って行かれました。

「家」というのは、そこに住む家族独特の空気や思いが感じられる場所です。20年以上、お父様と交流もなく、別々に生活されてきた息子様にとって、A様のご自宅は足を運びづらい場所でした。その一方で、第三者の場所であるホームは、意識することなく来訪できる場所だったのではないでしょうか。
ホームにはこのような「役割」もあったのです。

その方らしさを大切にした終末期のために

ご入居から3週間後、ご容態が急変。私たちホームのスタッフがかたわらに寄り添うなか、A様は静かに息を引き取られました。
お看取りまでの体制を整えていたとはいえ、まさかこんなに早くそのときが来るとは思っていませんでした。末期の癌で、ご家族もなく、病院にいたくはないが、ご自宅に一人で生活するのも難しい。A様の場合、そのような状況のなかで選択されたのが「ホーム」でした。
私たちスタッフは、「A様が何を望まれているのか、それを知って、できるだけかなえてさしあげたい」「家族に近い存在と思っていただけたら…」という思いで、「何かあったらおっしゃってくださいね。いつでも私たちがいますから」とこまめにお声がけを続けながら、A様との時間を重ねました。
それがきちんと伝わっていたかどうかはわかりません。ただ、ご容態がいよいよ悪くなられたときも、A様は病院へ戻るのではなく、ホームで暮らすことをお決めになりました。
ホームを選んでくださったということが、A様から私たちへの意思表示だったのではないかと思います。
人生の最期をホームで過ごすということを希望される方に寄り添い、その方らしさを大切にした終末期のあり方について、改めて考えることができたエピソードでした。
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