エピソード
vol
71

ホームがつくる、父と娘のほどよい距離感

2017年02月24日

認知症状が進み始めた頃から父娘の関係が悪化して……。

私(お客様相談担当のN)がご相談を受けた事例を紹介いたします。

認知症が進み、親子の関係が悪化

A様は、奥様が亡くなられてからの約2年、要介護の認定を受け、介護サービスを受けながら一人で生活されていました。娘様が近くにお住まいで、頻繁にA様のご自宅にお世話に通っていました。
入浴とトイレはなんとかできていましたが、食事の用意にはお手伝いが必要でした。それでもA様は「まだまだ自分でやれる」とおっしゃっていました。
何度か他社のホームに体験利用をしたこともありましたが、数日で家へ帰ってしまうということの繰り返しでした。

娘様は一生懸命A様のお世話を続けていましたが、認知症の症状が進み始めた頃から、親子の関係がギクシャクしてきました。
精一杯のお世話をする娘様を、A様は「わずらわしい」とお感じになるのか、娘様への態度が冷淡になりました。さらに、何か物が無くなると「娘が持っていった」とおっしゃるようになったのです。
娘様はA様に言いたいことも言えなくなり、精神的に疲れ果て、心療内科に通うように。A様のお世話もままならなくなっていきました。この頃、娘様のご主人様や息子様は、「このままではつぶれてしまう」と、とても心配されていたそうです。

ホームへの入居を早急に検討するため、娘様は近くの紹介センターを訪れました。
紹介センターの担当者は、A様と娘様の現状を知って「お父様とも、ご実家とも、少し距離をおきましょう」と提案があり、ご自宅から車で1時間ほどの場所にあるベネッセのホームをご紹介していただきました。

ご自宅へ訪問し、お気持ちを聞いて、再びホームへ

私たちは、まずA様と娘様にホームを見学していただきました。
A様は、「ここ、いいね」と言ってくださったのですが、ご自宅に帰ると「まだいいよ」の繰り返しでした。
娘様の体調のこともあり、体験で入居をしていただくことは承諾され、ご入居となりました。
しかし、3日目には「帰る!」と。12月末だったこともあり、「正月くらいは家で過ごしたい」とご自宅に帰られました。

1月3日、私はA様のご自宅を訪問し、二人でお話をしました。「ホームへは行かない」の一点張りでしたが、そこでA様のお気持ちを聞くことができました。
お仕事をされていた頃のお正月は、部下が何人もA様のご自宅を訪れて、奥様の手料理でお祝いをし、とても楽しかった。誰かが訪ねてくるかもしれないので、お正月は家に居たいこと。
そして、今年は誰も来ない寂しいお正月だったこと。娘様が来なかったので食事にも困っていたこと。など…。

一人暮らしの寂しさと不安があることを知った私は、2日後、再びA様のご自宅を訪問し、ホームに戻って来ませんかとお誘いしたところ、その日にホームへ戻ることになりました。
足腰の丈夫な方ですので、あえて車ではなく電車で移動しました。車で連れてこられたということではなく、ご自身の足でいらっしゃったことを大切にしたかったからです。道中、いろいろなお話をしました。すると安心されたのか、入居を承諾していただきホームでの生活がスタートしました。

新しい暮らしが、父娘の新しい関係をつくる

もちろん当初は順調ではなく、2度ほど「忘れ物を取りに帰る」と帰宅されました。ですが、ホームとご自宅を行き来するなかで、ホームに対するA様の考えは変わっていきました。
ご自宅では自由気ままに過ごせますが、たちまち「食事はどうしよう」となってしまいます。食事をはじめ、さまざまなサービスを受けることができるホームのほうが、楽だし安心だということに気づいていただけたのです。

1ヶ月もすると、ホームの暮らしにすっかり慣れたA様。気持ちが安定して穏やかに暮らす父の姿をご覧になった娘様ももう大丈夫だろうと安堵されました。
その後、A様は落ち着いた生活を送られています。足腰はお元気なのでアクティビティに参加され、参加されないときでもニコニコとほかのご入居者様の活動を見守っていらっしゃいます。

娘様は月に1度はホームにお越しになり、A様と笑顔で会話されるようになりました。お互いに言いたいことが言い合える、どこにでもある親子の風景が戻ってきました。
娘様の精神的・体力的な負担が減り、元気になられたこともよかったと思っています。

実の親子でも、距離が近すぎるとうまくいかなくなることがあります。ましてや、お身体が不自由になったり認知症が進んだりすると、一番心配してくれている肉親の気持ちも見えなくなってしまうことがあるのです。そんなとき、ご家族様と適度な距離をとることができるホームは、心でこそ通じ合っていたいご家族様のご要望にお応えできる存在になれるのだとわかりました。ギクシャクしていた親子関係も、改めて作り直すきっかけになれるのだと教えていただいたエピソードでした。
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